エッセイ(私の夢)

子安 勝

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「音」の仕事をはじめてから、いつか40年あまりが過ぎ去っている。 この間、音響材料、室内音響、騒音防止あるいは音響機器など、いろいろな音響分野の研究に携わってきたが、 今振り返ってみると、その間における音響技術の進歩には目をみはるものがある。

特に最近のDSP技術を背景とした各種の音響制御、計測、解析技術の進歩は、 音響技術に質的な変化をもたらしたものということができる。 実際に体験した簡単な例で説明してみよう。 周知のように、剛壁で囲まれた直方体室の固有振動数は、次式で考えられる。

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40年近く前に残響室の設計をしていた頃、タイガー計算機を回して固有振動数を計算する日が続いていたが、 低周波数域の計算だけであきらめたことがある。その後電算機が使えるようになったとき、これを思い出して最初の練習問題として、 再びこれに挑戦した。今日のパソコンに比べても桁違いに遅い計算機ではあったが、 プリンターに打ち出されてくる数値を感激して眺めていたことを記憶している。 ところで、これまで音響の仕事を続けてきた中で、いつも頭を離れないことがある。

研究の中では当然であるが、実務的な音響の問題には、自分が当面している問題であっても、 あるいは他の人などから提起された問題であっても、その時点で明確な答えを与えられないことが少なくない。 これまで音響研究を続けてきた目標の一つは、こうした問題に対する正確な回答を与え、 首を傾けなければならない機会をできるだけ減らしたいことにあったといってもよいであろう。 実際にこうした未解決の問題は、徐々にではあるが少なくなっており、例えば各種音響設計、予測計算などの精度も次第に向上している。 しかし基本的な点では、依然として解明されないいくつかの課題が残されたままで今日に至っている。 思いつくままに、音の世界における重要な課題についての具体的な例をあげてみよう。

  1. ホール・スタジオなどの音響設計は、何を目標として行えばよいか?別の言葉でいえば、 こうした音場の評価に対する基本的な物理指標としては適当か?
  2. スピーカなどの音響装置の設計において、目標とする物理特性としては何を考えておけばよいか?
  3. 騒音対策では、対照とする騒音をどのように低減することが有効であり、 各種の騒音についての物理的な評価指標として適当なものは何か?
  4. Sound AmenityあるいはSoundscapeなどを含めて、「快適な音環境の創造」というときに、どのような音環境を目標にすればよいか?

ここに列挙した問題をはじめとして、音の世界へおける問題は、 最終的には「人間が聞く」ということに直接・間接に関連する問題であることが多い。 これは最近の新しい問題ということではなく、極端な言い方をすれば音響学、音響工学の歴史とともにあったといってもよいであろう。 そして、これに対する明確な解答を得ることは、音の分野で仕事をするものにとっての最大の願望ということになる。 例えば、今世紀における室内音響研究の歴史は、W.C.Sabineによって提案された「残響時間」を補完する量の追求にあったといってもよい。 こうして、音の世界では、物理学、工学、生理学、心理学からさらに美学、社会学 を含めた総合的な立場から、 問題解決のための努力が続けられている。ただ、これは、簡単な問題でないことは明らかであり、 これまで進展と停滞を繰り返しながら現在に至っている。

あたかも泥沼に足を踏み込むようなものであるとして、 こうした問題に直面することを避ける傾向のみられた時期も度々あった。 しかし、ここまでみてきたように、これを避けて音の問題の本質的な進歩はないことも事実であり、 中心課題として取り組まなければならない問題であろう。最近の動向をみると、 多くの人々の努力によってこの分野で目覚しい研究成果の蓄積がみられるようになっており、 さらに一部では実務面への反映も進められている 。

項戴する仕事の内容は、ご要望の目的や条件を、これまでの経験や研究成果を駆使して、 クリアーすることですが、中には、感性の世界にいざなわれ言葉のいらない体験をする場合があります。 又、頂いたあらゆる仕事の成果に、取り組む姿勢や努力の結晶を自覚することができ、 同時に高い次元の技術に足がかりを得ることができます。こうした体験が失敗を癒し、 ある時は感動を、ある時は満足感(自己満足?)を与えてくれる要素だと認識しており、 いつも新鮮さを失わず夢を追うような気持ちで仕事に取り組めるのは何よりも幸せなことだと感謝しています。

こうした成果の積み重ねを通して、音響屋」の大きな夢の実現を祈ってやまない。

【子安 勝氏】
1927年生まれ。東京大学第二工学部卒。(財)小林理学 研究所所長、 日本騒音制御工学会会長、日本音響学会会長等を歴任。理学博士。現在、音響工学研究所所長。