音の評価実験及び処理

技術部 園田 香織

1. はじめに

私達は、日常、「音」と一緒に生活しています。例えば、風鈴、かえる、セミの鳴き声で季節を感じたり、 飛行機やトラック、工事の騒音など聞きたくもないのに無理やり意識の中に割り込んできて不快になる音、 そのほか、数えきれないほどの音に囲まれているものです。また、自然と耳にはいってくる音も他にも、 わたしたちはラジオのスイッチを入れたり、CDをかけたり、コンサートへ出かけたりと、自ら音を受け入れる機会も多分に作っています。
このように、能動的に「音」を受け入れているときには、音質の良さであるとか、楽しさ、また快さなどを求めていると思います。 当社では、こういう「音」を創造する場所(CDを作成するレコーディングスタジオや、ラジオのDJブース、 これらを聞く試聴室..など)を提供する仕事のお手伝いをしてきました。
今回は、このページを借りて、最近当社がより良い音場を求めるために行っている基礎研究(というほど大げさなものではありませんが)や、 開発の一部を紹介させて頂きます。

2. 聴感実験

音場を造るのも人間ならば、その音を耳にして、「快い」や「うるさい」などの判断をするのも人間です。 様々な音場で聴感実験を行い、音場を構成する様々な物理量と聴感との定量化を行うことは、より良い音場を目指す上でも重要なことです。
当社では、音の評価実験を行うツールとして、以下のような、[OSS]や「真耳」という名称のシステムの開発を行っております。

(1) OSS

OSSについては、本誌の前号でも紹介させて頂きましたとおり、非常にたくさんの用途がありますが、 ここでは、聴感実験のツールとしての側面のみを扱います。
OSSシステムの一つの特徴として、「様々な場所の音場を、他の場所で同じように再生する」ということが挙げられます。 これにより、一ヶ所に居ながらにして様々な場所の音場を体験することができるわけです。
本誌の前項で下平が行いました実験も、多数のコントローの比較試聴を一か所でできる、というOSSの特徴を用いて聴感実験を行ったものです。
このように、OSSは、コンサートホールや、車内音場などの比較試聴など、聴感実験の音の提示部分に応用できます。

(2) 真耳

真耳システムは、

  1. 原音をA/Dで取り込み、そのデータをディスクに保存する。
  2. ディジタルフィルタの作成を行い、A.で収録した原音データを加工する。
  3. A.で収録した原音や、B.で加工した音をD/Aして提示する。
  4. 提示した音に対する反応を集計し、ディスクに保存する。

という、主に4つの機能を備えています。

聴感実験での、「音の提示」の部分はA.~C.で、「被験者」側の応答の集計はD.で備えています。
現在は、被験者の応答を受ける部分の、マンマシンインターフェイスの改良や、被験者の応答データを取り込んだ後の処理などの開発、拡張を行っております。

3. 処理

音の評価を行う際、評価の対象や目的によって様々な処理、分析の手法が用いられています。 例えば、本誌の「OSSを用いた聴感試験及び評価」(以下、「下平報告」といいます。)では、コントロールルームの評価を行う際、 因子分析の手法を用いて解析しています。
真耳システムの拡張として、このような統計処理を考えておりますので、一つの例として、因子分析の特徴を簡単に紹介します。

(1) 因子分析(factor analysis)

因子分析は、もともと心理学の分野で発達してきた分析手法で、言語、文学、絵画、経済、歴史、 法律などの人文・社会科学系の分野の研究のほか自然科学でも多数用いられており、音の評価にも頻繁に用いられる手法です。

(2) 因子分析の目的

因子分析は、たくさんの変数を分類し、情報を集約することを目的としています。
例えば、複数の生徒のテスト(国語、数学、物理、歴史、英語)の点数を変量として、因子分析を試みるとすると、 図-1のように、国語、歴史、英語の文系科目の成績を代表とする因子Iと、数学、物理の理系科目の成績を代表とする因子IIに分類できるます。 この図から、一般的に、文系科目の得意な生徒は理系科目が苦手で、逆に理系科目が得意な生徒は文型科目が苦手であることが読み取れる訳です。

02inv3-01.gif図-1 因子分析結果の付置

(3) 分析の手法

ここでは、因子分析の計算の概略を紹介します。

A. 多変量データ

今、表-1のような多変量データを考えます。
なお、この表は、下平報告で行った実験で得た、実際のデータの一部です。

コントロールルーム
ABCDEF


1 13 13 13 7 5 9
2 13 15 9 7 11 5
3 15 13 9 7 7 9
4 13 15 7 10 7 8
表-1 実験で得たデータ

これは、各被験者毎に評価したコントロールルームの定位の好みを表しています。 この場合は、データの数字が大きいほど、被験者はコントロールルームの定位を好ましいと判断したことになります。

このデータを見るだけでも、各被験者とも、スタジオA、Bの定位が好ましいと判断していることがわかります。 (表-1のデータは、簡単のため、実際のデータの一部しか扱っていません。)

B. 因子分析の基本モデル

因子分析により算出する量を明確にするため、因子分析の基本モデルを示しておきます。
因子分析では、変量間の関係を相関で扱います。
よって、計算の簡便化のために表-1のデータを平均0、標準偏差1に標準化したデータを考え、これら変数を仮に今、下記のとおりとします。

Zij (i=1~4 ここでは被験者の数)
(j=1~6 ここではコントロールルームの数)

コントロールルーム
ABCDEF


1 -0.58 -1.00 1.61 -0.58 -1.15 0.76
2 -0.58 1.00 -0.23 -0.58 1.61 -1.68
3 1.73 -1.00 -0.23 -1.58 -0.23 0.76
4 -0.58 1.00 -1.15 1.73 -0.23 0.15
表-2 標準化したデータ

これら6つの変量(コントロールルーム)の相関を説明するためには、m個の要因(因子)が必要であると考え、 因子分析の基本モデルでは、下の式で表します。

Zij = aj1fi1 + aj2fi2 + .... + ajmfim + dj uij ... (1)

ここでfkiは、被験者iに対する第1~m因子の因子スコア、ajkは、変量jが因子kにどの位反映しているかを表すもので、因子負荷と呼びます。
また、uijは、j個の変量それぞれに対応する固有の変動で独自因子と呼び、dj は、各変量の独自因子の重みを表します。

式(1) を具体的に書き直すと、下の式(2) のようになります。

(コントロールルームの定位の好み)=

(定位を左右する要素1)×(個人差1)+(定位を左右する要素2)×(個人差2) + ・ ・ ・+(定位を左右する要素m)×(個人差m) +(残差) ... (2)

話は複雑になりましたが、因子分析では、この式をもとに、

(ア) 変量を構成する因子数mの推定 (イ) 因子負荷量{ajk}の推定 (ウ) 因子得点{fki}の推定

の計算を行い、分析を進めていきます。

C. 分析の結果

上の(ア)~(ウ)の値を算出することにより、コントロールルームの定位実験の例では、

(ア) コントロールルームの定位の好みは、4つ要因で説明できる。

(イ) 各因子の軸に対する、6つのコントロールルームの付置(下平報告、図-3、図-4)

(ウ) 各因子の軸に対する、被験者の重み(下平報告、図-3、図-4)

などを求めることができます。

これらの結果をもとに、コントロールルームの定位を左右する要因(音像の位置、大きさ、拡がり)、 また被験者の判断の傾向などを探っていく訳です。

4. さいごに

今回は音を評価する手法として、因子分析を挙げてみましたが、これも1つの手段であり、 聴感実験の結果のほんわずかな側面を覗いたにすぎません。
今後も、当社のより良い設計に役立てるためにも、音場評価のツールを充実し、開発を続けていきたいと思っておりますので、今後とも宜しくお願いします。

【参考文献】
「因子分析法」 芝 祐順 東京大学出版会
「多変量解析法」 田中 豊/脇本和昌 現代数学社
「因子分析法」 安本美典/本多正久 培風館
「因子分析法による音質の解析」 中山 剛/三浦種敏/端山文忠 電気通信学会1975 5/30