地下空間の音響特性調査

技術部 平川 哲久

1. はじめに

鉱山における採掘跡の空間再利用は、鉱山各社の重要な課題となっています。現在でも倉庫に使用したり、 年間通して常に一定の温湿度であることからきのこ等の栽培、ある所では宇宙線の実験場として利用されている例もあります。 しかし、人々の集まる空間としての利用は、現在のところ国内では皆無に等しい状況にあります。 海外、特にフィンランドでは地下空間をレストランやミュージアム、コンサートホールに利用した一大レジャーセンターを建設した例があります。 外界から閉ざされた静寂な神秘性のある未知の空間を音楽や照明によって演出することによって、人々が非日常性を体験でき、 非常に話題性のあることだと思います。

国内においてもそのような動きが始まりつつあり、特にコンサートホールとしての利用が考えられているようです。 すでにある所の採掘跡では音楽を演奏したり、山口県のタングステン鉱跡では、コンサートホールとして平成8年にオープンされる予定ということです。

地下空間の音響特性について調査されることはこれまでほとんど無かったのですが、最近、いくつかの例があるようです。 当社も釜石鉱山にて音響調査をする機会が得られましたので紹介させていただきます。

2. 釜石鉱山白色石灰岩採掘跡の概要

岩手県の釜石鉱山は歴史の古い鉱山で、主に鉄鉱石を産出していましたが、 調査は地下300mにある白色石灰岩採掘跡で実施しました(地下といっても山の中)。 白色石灰岩は、主に建築材料の大理石として使用さるほか、漂白剤の原料としても利用されるそうです。

普通、鉱山の採掘坑のイメージは暗黒といった印象がありますが、ここは床から天井まで白色石灰岩であるため、 乳白色で明るく、幻想的な空間でした。この空間の規模、その様子を図-1、写真(カラーでないのが残念です。)に示します。

02inv1-01.gif図-1 測定位置図

02inv1-03.jpg釜石鉱山白色石灰岩採掘跡 白色石灰岩は、鉄鉱石などに比べて非常に岩質が柔らかいため、坑内作業における安全上大きな空洞が掘れないことから、 図-1のように約5mピッチに5m角の柱を残しており、空洞は幅5~6m、高さ4m程度で、コンサートホールとして考えるには狭すぎ、 サロン程度として適当な空間だろうと感じました。環境は、1年を通して気温12~14℃,湿度90%前後とちょっと過酷な状況で、 調査時には完全防寒装備で行いました。

3. 調査内容

調査は、まず、この空間の特性を把握するため、一般的な室内音響測定を行いました。測定項目を以下に示します。

(1) 残響時間1/1オクターブバンドノイズを発生させ、1/3オクターブバンド毎にその減衰過程を分析しました。 残響時間の定義は、音のエネルギーが60dB減衰するまでの時間を言います。(2) 音圧分布12面体スピーカを用い、ピンクノイズを定常的に発生させ、各測定点で音圧レベルを測定し、空間内の分布状態を確認します。(3) 明瞭度試験:RASTI法(Rapid Speech Transmissi on Index)音がどの程度明瞭に聞こえるかの度合いを確認します。
RASTIとは、500Hz,2KHzの1オクターブバンドノイズをそれぞれ4個(1, 2, 4, 8Hz)、 5個(0.7, 1.4, 2.9, 5.8, 11.6Hz)の正弦波で100%振幅変調された試験信号を発生させ、 伝送による変調度の劣化度合いを示す値(MTF)から明瞭度を評価する値です。(4) インパルス応答インパルス(低音から高音まで平坦な周波数特性を持つ短音)発し、その応答を測定します。 インパルス応答により、あらゆる音響物理評価量が得られます。音源には、弾着(電圧をかけて破裂させる爆竹)を用いました。(5) ダミーヘッド録音無響室で録音された音(ドライソース)を音源スピーカから再生し、ダミーヘッドの両耳に挿入されているマイクで録音します。 後日、再生して現場の臨場感を再現します。

4. 結果

私は最初、非常に残響の長い空間だろうと想像していたのですが、中音域以上では思ったより長くなく、 聴感上では拡散性の良い空間でした。空間1,空間2についてそれぞれの残響時間を測定した結果を図-2に示します。 周囲が岩盤であるため低音域が非常に長くなっていますが、高音域ではかなり吸音されています。これは、掘削時の粉塵が表面に付着していること、 ズリ(かけら)が隅に集積されていること、また、柱の表面積による吸音力の増加などによると考えられます。

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図-2 残響時間周波数特性

空間1は、天井高に対して横が非常に広いため、音圧分布は特殊空間の平らな部屋のような距離減衰性状でした。 また、空間2はトンネル状の部屋(廊下など)の距離減衰性状でした。

明瞭度については、直接音が届いている地点ではまあまあ良く、 柱の影に居ると左右から反射音のみが到達するため聞き取りにくい状況でした。RASTI値は0.6前後で柱の影は0.4程度でした。

スピーカからドライソース(男女アナウンス、ピアノ、弦楽四重奏など)を流して試聴したところ、 残響時間で示すように低音域の長さが気になるものの、全体的に濁りのないクリアーな音質で、豊かな低音となっていました。

なお、試聴は、現場においてダミーヘッド録音したものを、当社のOSSシステムにより再生し、 音響物理データと聴感による主観の両方から比較確認しています。

形状の違いから、空間1は臨場感のある音場、空間2はパワー感のある音場となっており、 どちらも20m~30m離れた位置が直接音と反射音のブレンド具合が良かったようです。図-3に空間2でのインパルス応答の時系列波形を示します。

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図-3 インパルス応答波形

結論的に、この地下空間をコンサートホールとして利用することは、その過酷な環境や長すぎる低音の残響を克服することにより、 十分に有望であると考えられます。

5. 今後の方針

今回、地下空間の異次元的な雰囲気と音質の良さを体験でき大変感動しました。 チャンスがあれば、他の岩質空間やもっと大きな空間の調査を実施したいと思っております。

なお、今回の調査は、釜石鉱山株式会社、西松建設株式会社の御好意によって実施されました。