OSSを用いた聴感試験及び評価

技術部 下平 美奈子

1. はじめに

ここ2、3年の間で新しいホールがだいぶ増えたように思います。特にそれまで多かった多目的ホールとは別の、何かしら特色を持ったホール、 例えばクラッシック専門とか、ミュージカル・オペラ専門と言ったように、使用目的がはっきりしているものが多いようです。 こうなると、様々なホールを聴き比べしてみたいという欲求が湧いてきます。しかし、いろいろな場所にあるホールをいちいち聴き歩いていたのでは、 時間とお金がかかるばかりか印象が変わってしまったりと様々な問題が起こります。そこで、こういった問題を解決すべく考えられたのがOSSなのです。
ここで、OSSについて少し述べておきたいと思います。OSSは東京電機大学の三浦種敏先生のもとで十数年にわたり続けられた研究の成果です。 音場の比較・評価をより効率的・有効的に行うためには、1ヶ所にいながらにして様々な音場を体験できる道具を開発する必要があるという考えから、 OSSの構想と開発が進められました。そして3年前、その目的は果たされたとして、実用化されることとなり、 それまで研究プロジェクトの一員として関わらせていただいていたこともあって、当社でその後を引く継ぐこととなりました。

実用化当初問題となったのが、OSSに必要である膨大な演算処理でした。 それがネックとなり、聴感試験を行うにも演算処理に時間を取られ、今一歩、実用的ではありませんでした。 しかし、その問題も昨年当社で開発したDSPボード "DASP-36" の出現でクリアされ、より現実的なシステムとなったのです。
何はともあれこのリアルタイム化により、現在のOSSは聴感試験の道具としてだけでなく、巷で流行りのバーチャルリアリティなどの影響もあり、 様々な分野で注目されつつあります。さて、前置きが長くなりましたがそろそろ本題に入りたいと思います。

2. 聴感試験の目的

前にホールの例を上げましたが、ホールに限らず様々な音場評価に聴感試験は適用されます。 従ってその目的や方法は対象とする音場や、その音場自体の使用目的などにより異なるはずです。 当社の場合その対象となるのは主にスタジオということになります。 これまでそういった部屋の音調整には実際にその場所と同じ条件にしたシミュレーションルームをつくり、 利用者になるミキシングエンジニアの方々に音を聴いていただき調整を行ってきました。ここで得られた情報はそのまま施工に直結してきた訳ですが、 その貴重な情報をデータとして残し分析することは、残念ながら本格的に行ってきませんでした。そこで、 この評価に対し、なぜこれで良いのかという点を明らかにし、具体的なデータとして今後の音調整に活かすこと、これが我々の聴感試験の目的です。

今回、OSSを利用した予備的な聴感試験を当社で行いましたので、その概略を紹介します。

3. 試験方法

この企画には、今まで当社で施工させていただいたスタジオ関係者の方々に評価音の収録から聴感試験の被験者(評価する人)までご協力願いました。 ここで、あらためてお礼を申し上げたいと思います。
さて、具体的な作業全体の流れですがおおまかに、

  1. OSS用ダミーヘッドによる評価音の収録
  2. OSSによる聴感試験の実行
  3. 因子分析を用いたデータ解析

の3つにわかれます。

02inv2-01.gif図-1 ダミーヘッドによる収音

A. OSS用ダミーヘッドによる評価音の収録

ダミーヘッドとは、マネキン人形の耳の部分にマイクロホンを付けたものと考えて下さい。 もちろんこの頭の部分は実際の人間の頭の大きさや形、また、聴感に関するデータなどを研究した上で、特にOSS用に開発されたダミーヘッドです。

今回、評価の対象としたのは6ヶ所のコントロール・ルーム(スタジオの調整室)です。その略図と、ダミーヘッドの収音位置を図-1に示します。 この位置は、通常ミキサーの方々が作業する位置、即ちミキサーポイントと呼ばれる位置です。 ダミーヘッドはちょうどこの位置に人間が座ったものとして設置しました。

評価音には、誰もが一度は聴いたことがあるだろうという点で" Dionne Warwick / Friends "を選びこれを部屋のモニタースピーカで流して収音しました。 つまり、通常その部屋を使用しているそのままの状態で行うようにしたのです。また、今回収音した部屋のタイプは、以下の対照的な2つのタイプにわかれます。

LEDE(ライブエンドデッドエンド)タイプ

・スピーカ側反射、後方の壁吸音のタイプ。量感があり、定位感・解像度はやや落ちる。

DELE(デッドエンドライブエンド)タイプ

・スピーカ側吸音、後方の壁反射のタイプ。定位感解像度が良く、量感はやや少ない。

B. OSSによる聴感試験の実行

被験者には評価の対象となる部屋を実際に利用しているミキサーの方々18名にお願いしました。 今回が最初の試みなので、評価の対象を"ボーカルの音像定位"に絞りました。これは、先に述べた部屋のタイプから最も違いが現れる点ということで、 評価の判断が下し易いのではと考えたからです。

評価音は、各部屋ごとにボーカルの頭から15秒程度についてOSS処理し(図-2参照)、一対比較法で評価していただきました。 一対比較法とは、各評価音を2ヶ所1組にしてどちらが良いと感じたかを判断してもらう方法です。
あらゆる組合せを、ランダムにならべた状態で1組づつ聴いて判断してもらい、「良い」と判断された方に3点、されなかった方に1点、 どちらでもない場合双方2点として、各被験者、各部屋ごとに集計します。

図-2  評価音の提示方法

C. 因子分析を用いたデータ解析

Bで得た結果を因子分析にかけます。因子分析とその分析方法に関してはこのあとの記事で解説されているので省略し、 ここではなぜ、因子分析を用いたかを説明します。因子分析とは、結果に影響を与えそうな主な原因(要因)を見つけ出す手法のことです。
この因子とは、いくつかの要因の中から意識的に取り上げたもの、と考えて下さい。今回の場合は、「音像定位が良い」ことが結果であり、 音像定位の中の「どんな点」に注目して評価を下しているかの「どんな点」が、要因に当ります。従って因子分析をすることで、 定位の良さに関する注目点とその数、また、それらに対する被験者の判断の傾向などが分かるわけです。

4. 結果及び解説

因子分析の結果、定位の良さを左右する因子数は4つということになりました。 その中でも寄与率(要因全体を100%と考えたとき、1つの因子がしめる割合。値が高い方から第1因子、第2因子、以下第3、第4という)の高い第1因子を横軸、 第2因子を縦軸にしたときの結果が図-3です。実線は被験者の重み付けベクトルであり、ベクトルの向きは被験者の定位の良さに関する興味の方向を示し、 長さはその度合いを示します。また、黒丸は6つのコントロール・ルームが、各因子の軸に対してどのような位置にあるかを表わしています。 ここで、A, B, Cは、前述のLEDEタイプ、D, E, Fは、DELEタイプです。

02inv2-03.gif図-3 定位評価結果 その1

以上から、被験者の定位の良さに関する傾向は第1因子の正の方向と、第2因子の負の方向に大きく分かれることが考えられます。 つまり、各被験者はこの2つの因子のいづれかに重点をおいて定位評価をしているわけです。 それ以外、例えば軸と軸の間に向いているものは、両方を考慮に入れて判断していることを示しています。

また、あまり興味の度合いが大きくない(ベクトルの長さが短い)ものは、 第1因子、第2因子以外の因子に興味を示していることが考えられます。このことは、第3、第4の因子に関する軸の結果(図-4参照)を見れば分かります。

02inv2-04.gif図-4 定位評価結果 その2

さて、ここで問題になるのはこの各因子がいったい何を意味するのか?という点です。 今回の聴感試験では因子の意味付けの手助けとなる表現語(定位の良さを表わすのに用いる言葉の集まり)を用いなかったため、 これらをはっきりさせるのは残念ながら困難です。しかし、聴感試験の際に書いていただいたコメントや各被験者の話によると、 音像の位置によるものと、音像の大きさあるいはボケ具合によるものが、主な要因として多く上げられていました。 このような点や、図-3における各コントロール・ルームの位置関係から考えると、第1因子が音像の位置、 第2因子が音像の大きさに当てはまるものと思われますが(図-5参照)現在の段階で、はっきりとは断言できません。

02inv2-05.gif図-5 軸の意味付け

5. まとめと今後の展開

今回の聴感試験では、音像定位の良さに焦点を絞って評価を進めた結果、因子数とだいたいの傾向はわかりましたが、 表現語を使用しなかったという点から因子を特定するところまでは至りませんでした。

今後の問題点として、

  • 聴感試験そのものの問題。例えば、評価音のソース選択法、評価方法、表現語の検討、など。
  • 定位の良さ=好み=慣れ?の問題。これは、いつも使用している部屋の音になれているためそれが好みとして現れ、 定位の良さの判断につながっているのではないかという点。

などがあげられます。今後はこれらの問題点を考慮し、音像定位以外の点でも評価対象として取り上げられるよう対処していこうと思います。 さらには、収音と同時に行ったインパルス応答の測定結果から得られる物理量の検討も同時に行っており、 聴感試験の結果との相互関係についてもさらに分析を加える予定です。