技術部 大橋 心耳

1. はじめに

前々回のNOE技術ニュース第20号では、企画特集「他人に気兼ねせずに心ゆくまで楽器練習を・・・」として、 (1)一戸建て内に設置されたマリンバ練習スタジオ(半地下)、(2)庭先の離れに設置されたドラム練習室、 (3)マンション内に設置されたピアノ練習室の合計3つの事例紹介を行ってきた。
又、前回のNOE技術ニュース第21号では、引き続き同様の主旨で (1)24時間楽器練習レンタルスタジオ、 (2)マンション内に設置されたバイオリン練習室の2件について事例紹介を行って来た。
今回のNOE技術ニュース第22号では、(1)プロのJazzピアニスト兼作曲家が閑静な低層マンション内に設置したピアノ練習スタジオ、 (2)マンション内に設置されたピアノ練習室の2件について、引き続き「他人に気兼ねせずに心ゆくまで楽器練習を・・」の事例紹介を行う。

2. 実施例

2.1. 村上邸ピアノ練習スタジオ(プロのJazzピアニスト&作曲家のスタジオ)

[相談を頂くに至るまでの背景]
2003年早春のこと、筆者の所に一通のメールが届いたのが話の始まりである。

最近では、寄せられる相談のきっかけとしてメールによるものが多くなってきたが、届いたのは、 しばらくご無沙汰していた村上氏からのものであった。

プロのJazzピアニストでありかつ作曲家でもある村上氏とは、以前から仕事先でお会いし、 音楽作曲・演奏者(村上氏)及び音響設計者(筆者)という互いに異なる立場から"音・音楽"という共通テーマで雑談する機会があった訳である。

写真 1-1
写真 1-1

メールによると、

  • 引越しを機会に転居先のマンション内にピアノ練習室を計画している。
  • 周囲に気兼ねしながら練習する気にはなれない。
  • できれば、好きな時間、好きなだけピアノ練習をしたい。デモテープの録音もしたい。
  • 従来から使用して来たいわゆる市販の防音練習BOX風のものからは、卒業したい。

などの内容であった。

筆者は、日ごろから楽器練習室を計画されているオーナーからの相談には、音楽を練習するといった本来の目的から一旦離れ、 まず諸条件面からのアドバイスから始めることにしている。

まず、「自宅で気兼ねせずに楽器練習を実現する為のコスト」面からは

  1. サイレント楽器を使用する。最近ではサイレント楽器といっても満足度の高いものが普及してきている。
  2. 例えば部屋の防音的に弱いところ(窓、扉、換気扇など)を防音処理する。
  3. 市販の練習BOX的なものを購入し使用する。
  4. 居室(部屋)全体を防音処理する。
  5. 部屋全体を防音・防振処理する。

で、楽器、発生音量及び練習時間帯などの諸条件にもより得られる効果(気兼ねの度合い)も異なるが一般的には1.~5.の順でコストが増大していく傾向にある。
(サイレント楽器に関しては、筆者の範疇外であり、別の機会に専門家に依頼などして解説する必要があるが、今回の解説の対象外とさせて頂く。)

次に、マンションの部屋の工事を伴う処理をする場合のコストは

  1. 新設のマンションで内装工事着手前にオーナーが引渡しを受け、その時点から防音(防振)工事に着手する場合。
  2. 新設のマンションで内装工事済みのものをオーナーが購入し、新たに練習室を作り直す場合。
  3. 既存のマンションを購入し、改修して練習室を作る場合。

ポイントは、内装工事済みの物を解体・撤去・処分する費用の有無、周辺住民の有無により(工事の材料搬入経路の確保・置き場・作業場などの諸問題)本来の防音(防振)工事とは別に、 結構間接的な費用が発生する場合が多々あるからである。
これも1.~3.の方向でコストがかさんで行くのである。
芸術には、お金がかかる・・・のである。
使用する楽器にもよるが一般的には、練習環境を整備する為のコストは無視できないものである。(無視できるような身分の方は、別として・・)

次に、これまた音楽とは関係ない・・・事はないのであるが、「居住性からの面」である。

  • 狭い空間
  • 閉鎖的な空間
  • 不自然な空間

防音空間というものは、得てして上記の条件を忠実に実現すると効果は抜群なのであるが、その反面、 部屋の中で人が楽器練習をするといった本来の目的とははるかにかけ離れたものが出来上がってしまうのである。
音響的に厳格な仕様で作られるプロのスタジオにおいて、「外は、朝、昼、夜なの?天気なの?雨なの?今何時?」 などとミュージシャンやエンジニアが冗談交じりに交わす言葉は、特に長時間に渡りその中で作業する身になると、 それは切実な思い(本音)であろう。
・・・防音空間を作らなければいけない我々にとって耳の痛いものである。

こういった条件面の話から入っていくと、オーナーは夢の中から厳しい現実に引き戻され次第にトーンダウンしてくるものであるが、 音楽練習に必要なスペース検討も必修科目である。
新規に建物を誂えられるオーナーは別として、既存建物の中の限られたスペースの中に練習室を計画されるオーナーが殆どで、 防音処理面から考えて、重たく分厚い材料で囲うことが有利なのは誰でも直感的に理解できるが、必要な防音(防振)処理スペースを優先的に確保して行くと、 結局残された練習の為のスペースは限られたものになって来るのである。

今までは防音・防振といったいわゆる「周囲に気兼ねしない」為の処理に関した話であるが、更に「心ゆくまで練習する・・・」為に、 閉鎖空間中の不自然さを極力避ける対策を講じておく必要がある。
具体的には、室内音響処理、光、空気、温度などである。自然な状態が最も人にはやさしいのである。
しかしそれらを実現する為に必要な処理スペースも又同様にコスト・性能・演奏スペースとの問題とのせめぎ合いになって来るのである。

筆者のような立場の人間にとって、オーナーが満足できる楽器練習室を作り上げる為には、 まずオーナーの諸希望(これを専門用語で言うと顧客要求事項となる)をクリアにする事が肝要であり、これらの作業に十分な時間をかける必要がある。
(・・近所の工務店に、依頼し、完成したけれども・・こちらの思いとは全く違ったものが出来てしまった・・どうにかならないか?・・などの相談を頂くが、 顧客要求事項が殆どクリアにされないまま進められ完成してしまった場合などは、全く気の毒な話である。)

顧客要望事項をクリアにする事で、初めて今まで解説してきたコストを始めとした諸条件と音響的な性能を含めた総合的な仕様検討が始められる訳である。
諸条件を総合的に検討し如何にコストを押え、より自然な状態の練習環境を実現できるかが、我々技術屋の腕の見せどころでもあり、又、頭を痛めるところでもある。
又、オーナー側も含め練習室の出来上がり(性能)に対する十分な相互理解を築いておき、時として使用時の制限や妥協点を想定することも必要である。

村上氏からのメールに対する返事は以上のようなとりとめの無い長いメールになってしまった。

参考までに弊社発行の技術ニュース第20号を送付し「周囲に気兼ねなく、心ゆくまで楽器練習を・・・」の記事を呼んでいただく事になった。

数日後、村上氏から記事を読んで参考になった旨の嬉しいメールと、近々予定のライブの案内を頂いた。 そこには「記事を読んで、室の設計をして頂くに当りライブを通して僕の音楽を聴いていただきたい。 僕の音を聴いて頂いた上でより良い練習スタジオを作り上げて行きたい。」とのことで、具体的な設計・施工作業に取り組むことになった。

[演奏時の調査]
初めて行くライブ会場であった。地下室を改造したお洒落な雰囲気のお店であった。

ここでは、村上氏(ピアノ)率いるエレキギター及びドラムスのトリオ編成である。
全曲、村上氏のオリジナルだそうだ。
通常ピアノトリオと言えば、ピアノ、ベース、ドラムスの構成なのであろうが、村上氏バンドは少し異なっていて、ベースが居なかったのである。
その時の演奏は、全体的にはあまり音量で迫るような演奏ではなく、小さな音で楽器間のハーモニーを尊重したシーンあり、 時にはダイナミックなフルパワー表現ありであったが、印象的であったのは、村上氏の左手(ピアノの低音部分)が本来のベーシストの役割をも担っていたのである。

音楽の話から急に外れるが、防音効果は一般的に高音部分よりも低音部分に対する部分がウィークポイントになりがちである。
「好きな時に好きなだけピアノを弾いていたい!」との村上氏の顧客要望には、 このベーシストの低音部分をカバーするべく太く響くグランドピアノ音が伴うのであることが理解できた途端に、背中に一抹の汗が流れていた。 「夜中に、これをガンガンやったら上階のお宅へは影響しないだろうか!?」
又、当日のライブ会場となったお店は50人~70人程度の収容容積があるのでピアノから発せられる低音は店内で淀んだ感じには響いていなかったが、 限られた練習スタジオスペースの中ではこの低音がひとつの課題になるであろう事は容易に想像がつく事だった。
音の波長に比較して部屋の寸法が十分でないと音が「渦巻く、淀む、濁る」経験をよく体験する。
村上トリオの演奏を聴かせて頂いて、具体的にどの程度の低域処理を行う必要があるかを感覚的に把握できたのは、 大きな収穫であったし、音楽を肴に飲んだBeerによりすごした時間は、たいそう心地よいもので・・「まあ、スタジオの方は何とかなるやろ」 ・・と少し大きな気持ちになっていた。

後日、筆者:「夜中にピアノといえども左手部分をガンガンやるとまずいかもしれませんよ!」
村上氏:「勿論、そんなことはありませんよ!」
との事で少しは気が楽になった筆者であった。

[設置予定マンションの現状調査]
次に村上氏が購入したマンションの現場調査を行うことになった。

既存のマンションであるので、当初ごく大まかな間取り図が入手できていたが我々が必要とする防音・防振・内装処理のヒントになる情報入手は、 結局のところ現地調査に委ねる事になった。
又、現在の間取りを多少変更して、仕事場としての練習スタジオ機能と本来の住宅機能を両立させる必要もあり、 現地調査と共にオーナーとの"間取り配置"などの打ち合わせを行った。
当然、周辺の他世帯に迷惑がかからないような、工事の方法、作業場所、材料搬入経路、置き場などについても十分に検討しておく必要があった。
冷暖房の方法、電気容量、セキュリティー方法なども同様である。

今回の現地調査により、ひとつの重要検討事項が判明した。
それは、通常のコンクリート躯体(構造体)に内装仕上げとして、GL工法(別名ペタン工法)が使用されていることであった。 このGL工法については、別の機会に詳しく解説する予定であるが内装仕上げ的には多くのメリットを持つが、 コンクリート躯体の本来の防音性能を大幅にマイナスさせる固体振動伝播音の入射、再放射に関し特徴的な作用を示すことが知られている。 弊社に舞い込む相談案件の多くにもこのGL工法が関係しているので、要注意である。

写真 1-2
写真 1-2

[スタジオ設置工事の実施及び結果]
今回の事例では、

  • 練習スタジオに該当する部分の床・壁・天井仕上げを全て解体・撤去し、コンクリート躯体の状態にする。
  • スタジオ床は、防振浮床とし、特殊な振動縁切り工法を採用し仕上げは、木質系の無垢のフローリングとする。
  • 壁・天井は独立した2次遮音層を設け、コンクリート躯体とは振動絶縁する。
  • 壁・天井の防音材料は、躯体の耐荷重を超えない範囲で可能な限り重量と剛性を得るものを採用する。
  • 室内の寸法(縦、横、高さ)を可能な限り広くすることを念頭に室の寸法比を検討する。
  • 電気配管・空調配管等は当然の事ながら躯体部分と振動絶縁部分間で振動絶縁を行い、使用していない配管に関しては、終端処理する。
  • 換気設備に関しては必要に応じて所定の防音性能を持たせたサイレンサを設ける。
  • スタジオ部分の低域が集まる部分に対応する吸音体を設置する。

などにより、スタジオ内装施工の改修・実施を行った。

村上邸練習スタジオ平面概略図
図-1 村上邸練習スタジオ平面概略図

基本的に限られたスペースの中で、出来得る事は全てやることになった。言い換えると防音工事の博物館的なあらゆる技術要素を投入している訳である。

結果は、まず・・・防音性能(我々は遮音性能といっている)
村上邸は(一階)の上階に位置するお宅の協力を頂いて、練習スタジオ~上階のお宅の洋室間の防音性能(専門用語では、 特定場所間音圧レベル差という)の測定を行った。

村上邸練習スタジオ
上階洋室間の特定場所間音圧レベル差
図-2 村上邸練習スタジオ
上階洋室間の特定場所間音圧レベル差

結果によると、建築学会による建物の遮音等級の特等(通常の生活に関しては殆ど問題にはならないランク)から更に、 10~15dB性能UPしている状態であった。
やはりGL工法を意識し、練習スタジオ側において徹底的に躯体に振動を伝えない構造を採用したことが貢献しているものと考えられる。

完成した練習スタジオに魂を入れる作業として"音響調整"の作業がある。
ピアノの楽器製作過程で行われるのは、音程を合わせる調律作業とは別に整音という工程があり、ピアノの各鍵盤のそれぞれの音程音色を整える作業が行なわれる。
我々も実際に完成したスタジオ内でスタジオの整音作業を行うことが多々ある。
「心ゆくまで演奏を楽しむ・・・」為には、室内の居心地が良くなるように整音作業が欠かせない訳である。

今回の練習スタジオにおいては、村上スタジオ常備予定のグランドピアノ(村上氏の愛器)を搬入した状態でご本人に弾いて頂き、 双方の意見交換を行いながらスタジオ内の音の調子を整えて行った。
村上邸練習スタジオは、当初の設計より主に練習時及び録音時に臨機応変に室の響きを変化させる目的で、 反射音(中高音)を調節するカーテンを設置する予定であったので、調整は、主に中・低音に的を絞って行なうこととした。

参考までに図-3に、調整前後の室内の響き(残響時間周波数特性と呼んでいる)を示す。

練習スタジオ残響時間周波数特性
図-3 練習スタジオ残響時間周波数特性

さて、ずいぶんと長くなってしまったがこうして出来上がったスタジオは、実質の工期2週間(準備期間を除く)の速攻で何とか納めることが出来た。 (周辺世帯の皆さん、なるべく早くしたつもりでしたが、2週間といえどもご迷惑をおかけしました。)

以下に村上オーナーからの感想を紹介させていただこう。(蛇足ながら、筆者側では、一切添削などは行っていない。)

村上オーナーの感想

現代の日本の状況では、芸術活動のなかで、音楽は最も贅沢な環境を必要とします。 これは、音楽をやっていると、誰しもが実感する事でしょう。
美術や文学の世界では、普通の部屋さえあればプロの絵書き、物書きとして、必要最低限の事はやっていけるでしょう。
しかし音楽の世界では、普通の部屋しかなければプロの音楽家として必要最低限の事をやっていく事も難しいでしょう。 楽器をたくさん練習できないからです。
日本の一般的な生活環境の中で、我々の練習量(時間的な量)で音を出していれば、必ず問題が起きます。
近所とのトラブル・家族の病気(ノイローゼ)。最悪のケース、警察に逮捕される事すらあります。 僕達音楽家にとって、生活環境は死活問題でもあります。
簡単に言って、どんな部屋で練習するのか?はそのまま、良い音楽家で居れるのか?と直結しています。

さて、個人的な話しの始まりです。

2004年5月に転居する事となりました。それまで住んでいた賃貸のマンションから、 自分で購入したマンションへと引っ越しをする事となりました。
転居前の賃貸のマンションでは部屋の改造(リフォーム)はできませんので、 某有名メイカーの楽器練習用防音BOXを部屋の中に入れていました。約4.5畳の大きさの物でした。
そこにグランドピアノを入れていました。確かにかなりの防音効果はありますが、完全防音には程遠い物でした。
しかたなく、ピアノの天蓋はいつも閉じたままにして、さらにピアノにカバー(ピアノに付いている布のカバー)をしたままにして弾いていました。

そのためピアノの細かいニュアンスが聴き取りにくくなっていました。防音室内の音は極度に吸音されていて、 自分の演奏が全く反響しませんでした。そのため過度に強く弾いてしまう傾向がありました。
もちろん、窓も無く外の光りは入って来ません。いつも人造的な光りの中で弾いていました。 自分としては、この環境にはかなりのフラストレーションを感じていました。
転居先には、ちゃんとした防音を施した部屋を作ろう(リフォームしよう)と心に決めていました。 ちゃんと天蓋を開けられて、できれば外の光りが入ってきて、ピアノの音がちゃんと室内で反響するような・・・

日本音響エンジニアリングの存在は、仕事上の縁で知っていました。特に取締役の大橋さんとは、 親しくお話させていただく機会が時々ありました。
そこで早速相談してみました。この時点では、とりあえず防音室といった漠然としたビションしかありませんでした。 しかしいざ相談となると、使用目的等を具体化する必要にせまられます。

そこで何段階かに使用目的を分けてみました。

1.練習室としてマンションの他世帯への迷惑は極限まで減らすために、できる限り音の漏れが無いような練習環境。 それと夜中でも弾ける(24時間弾ける)事が大切です。
使用時間を制限されるのでは、今までの環境と変わらないので、わざわざリフォームする意味がありません。

2.スタジオとして
他のミュージシャン達とリハーサルできるスペースとしても活用したいと考えていました。以前の4.5畳のスペースではぎりぎりもう一人は入れるぐらいでしたが、今回の部屋は6.1畳ありますので、グランドピアノを置いても楽器によりますが、 ギターやベースやサックス等であれば、もう2人は演奏できるスペースがあると考えました。

3.さらにはレコーディングスタジオとして以前の4.5畳のBox式防音室ではグランドピアノを入れてしまうと、 マイクを立てられるスペースがありませんでした。自然と自分の家でのレコーディングは諦めていました。
ピアノだけの録音をするにも、外部のスタジオでレコーディングしていました。今回の部屋では、 マイクスタンドも数本立てられると考えました。
しかし録音するとなると、室内の音響や、ノイズの軽減などの贅沢も必要になりますが・・

日本音響の方々に、以上の3つの使用目的を伝えて、実際の部屋を調査してもらい、設計、見積もりしていただきました。
ここで、付け加えたい小話は窓についてです。
自分としては防音効果を高めるためなら、窓をつぶしてもしょうがないと考えていました。しかし大橋さん(日本音響)は、 大きな窓は残し外の光りを入れる案を主張してやみませんでした。当時の僕は不安を残しつつも同意しました。
今となっては、この案を主張してくれた事に大変感謝しています。防音効果は十分ですし、室内がとっても快適です。
自分の考えていた以上に素晴らしい物が出来そうなのに、驚き、喜び、興奮しました。
そして、自分が引っ越して来る時期にスタジオも完成するように施工を始めてもらいました。

さて現在、実際この防音室(スタジオ)を使いだしてから約一年経とうとしています。
その感想を簡単に2行にまとめると、「このスタジオは、僕の使用目的の3点を完全に充足させてくれています。 そして、それ以上に創造力を膨らましてくれます。」となります。

次に、そのことについて詳しくお話させていただきます。

1.練習室としては完璧です。他世帯への防音は完全と言って良いでしょう。家人にすら大音量で演奏していない限り、 何を弾いているか聴こえないそうです。
トラブル無しで、天蓋を開けて、外の光りが入ってくる部屋で、好きなだけ弾けるようになりました。しかも、演奏している自分の耳が疲れません。音響学的にはどうなっているのか説明できませんが、要するに音域が片寄らず、 適当な吸音と適当な反響があるのでしょう。

2.スタジオとしては大変良好です。かなり高い頻度でリハーサル、セッションをしています。 メンバーも居心地が良いそうで、ここで演奏する事を好みます。
3人で演奏するには全く不自由はありません。(打楽器が入ると、さすがに不自由が出てくるでしょうけれど?) 共演していても耳は疲れません。
必ず、みんなが言うのは、中低音域が良い音だとの事。

3.さらにはレコーディングスタジオとしては、お世辞抜きの最高です。
これこそ嬉しい予想外でした。何せ、ダメでもしょうがないけれど、どうせだから我がまま言ってやれ!ぐらいの気持ちで 「録音スタジオとしての使用目的」は提案していましたから。とにかく音が良いです。
先程も述べた通り、片寄りの無い音域特性と、適度な吸音と反響のせいでしょうか、それはこの素晴らしい木の床のせいでしょうか。(大変気に入ってます!)
それとも壁のせいでしょうか。それとも天上のせい?大変良い音が録音できます。

今の御時世、広い部屋でピアノの自然な反響した音を録音できるスタジオはほとんどありません。
狭い、吸音され過ぎた部屋でピアノを弾いて録音する事がほとんどです。 演奏しているピアニストは、演奏中自分のピアノの音にゲンナリするものです。
しかし、このスタジオは狭いながらも演奏中も気持ち良いし、録音された音も良いのです。 そして時間制限を気にして録音する必要もありません。
現在、このスタジオは僕のレコーディングスタジオとしてフル稼動しております。 (もちろんピアノ以外の楽器もどんどん録音しています。)

では最初の話しに戻って、落ちをつけましょう。
自分の音楽家としてのこれからは、もう環境のせいにはできません。もう誰のせいにもできません。 すべてひとえに自分の努力次第となりました。
おかげで、僕の音楽に対する態度はとってもシンプルになりました。
ありがとう日本音響様!

写真 1-3
写真 1-3

2.2. Y邸オーディオルーム---工事部 平田 昌之

東急田園都市線沿いにお住まいのY様のオーディオルーム(ホームシアター)を紹介する。

今回、新築を機に地下室にホームシアターを計画された。
コンセプトとしてはホーム・エンタテインメントスペースというよりは、お気に入りの一人掛けの椅子でじっくり楽しむスペースとして考えられた。
B1フロアのレイアウトとして、階段室に隣接したエリアが書斎・ドライエリア、更に奥のエリアがオーディオルームとなり、 1階の玄関・駐車場の真下に位置する。

Y氏に遮音のグレード、音の好みを伺ったところ、「使用時間は夜間が多いので、深夜に上階に音を漏らさない程度の遮音。 音の好みはどちらかといえば低音の迫力重視で。」との事。前者の遮音の件に関しては、特に上階への家族に対する配慮を第一とし、 図面段階からオーディオルームの配置計画を検討し、最終的に1階リビングルームを外した玄関・駐車場の真下に変更して頂いた。
音楽・映画鑑賞を前提とした遮音計画として、スピーカからの固体音成分(振動成分)を遮音する為に完全浮構造(ボックス・イン・ボックス)とし、 浮床構造は防振性能と低音域のスピーカ再生を考慮してコンクリート浮床を採用し、更にスピーカエリアを単独の防振ゴム浮床とした。 近い将来、この部屋に入るであろうスピーカの重量をも考慮した、防振計画・防振ゴム配置を行った。

入口扉に関しては固定遮音層(躯体)側、浮遮音層側に各々遮音扉を設置した2重扉で計画した。
書斎側は鋼製遮音扉とし、部屋内側は仕上げの関係から木製遮音扉を採用した。 この仕上げは設計事務所からの要望で、出入り口部分の扉仕上げ(扉の存在?!)を極力目立たせない様にする為、 扉表面には壁面と同様のクロス、及び見切り材を全面取付けたデザインとした。

写真 2-1
写真 2-1

室内音場計画としては、スピーカとリスニングエリアの位置関係を前提とした音の拡散性に配慮した室形状を検討し、 浮遮音層形状を反射面として利用出来る様に考え、コーナー部分や下がり天井等のスペースを利用して吸音処理を行う事を検討した。
天井仕上げについては、天井高を極力確保しつつ且つ音響的に有効な形状・吸音・反射を考慮し、 浮遮音天井面(石膏ボード)ミネラートン(岩綿吸音板)直貼り仕上げとした。
今回はキューブタイプ(ストライプ)の岩綿吸音板を採用して部屋の縦方向、 つまりリスニングポイントからスクリーン方向へのラインを強調した。ここで施工上において厳しい問題が発生した。 それは天井形状に伴う出隅・入り隅の処理で、本来、キューブタイプの仕上げの場合、平面部分のみにキューブタイプを施工し、 それ以外の際部分(出隅・入り隅部分等)にはボーダーといわれるフィッシャー(フラットな一般タイプの岩綿吸音板)を使用し、 仕上げ上の逃げ加工を行うが、意匠上、設計事務所からの強いプッシュにより、腕の立つ職人を3人集め、施工を行った。 これに伴い照明器具の縁廻りもボーダーレスとした。

写真 2-2
写真 2-2

次に照明器具取り付けについては、今回天井の吸音仕上げは浮遮音天井直仕上げとしているので、 器具を天井仕上げ面に取り付けると浮遮音天井面に開口してしまう事となり遮音的に問題となる。 そこで下地組の段階で天井面に遮音層と同等の性能を持つボックス(合板+石膏ボード)を予め照明取り付け位置にセットし、 これにより天井面の遮音性能とボックスの遮音性能が同等となり完結する様に対処した。
左右の下がり天井内は吸音スペース兼、ダクトスペースになっており、当初、下がり天井はクロスパネル仕上げとなっていたが、 天井の岩綿吸音板と統一感を持たせたいとの設計事務所からの要望により、フィッシャータイプの岩綿吸音板仕上げとした。 このスペースは中低音域を吸音する為に岩綿吸音板は下地に直貼りとし、捨て貼り石膏ボード無しの施工を行った。
壁面のクロスパネルはスクリーン周り及びスイッチ周り以外を全て取外し式としている。 この事により、今現在使用されている機種の音に対して、又将来的に機種変更をした場合に対して吸音層内部の吸音材(サウンドトラップ)を加減して、 オーナー好みの音場調整が出来るようしている。
床仕上げは床暖房対応のカリン材のフローリング貼りとしている。Y様からの要望により機材セッティングの基準とする為、 きっちりと部屋芯を出し、芯振り分けにて施工した。

次に機材について。プロジェクターはBARCOのCinemaxを選定された。機器のファンの音を嫌い遮音BOXにより本体を囲う方法も有るが、 Y様曰く「機器本体の表面塗装色の色が気に入りこの機種を選定した。」との事。この事から4本の吊り金具にて露出された状態(一般的?!)でセットされている。 勿論、重量が有る上、更に防振の必要が有るので、浮遮音天井とは別に単独で躯体から防振ゴムを介して吊られている。

写真 2-3
写真 2-3

スクリーンはスチュワートの140インチが前面壁に固定されている。

写真 2-4
写真 2-4

アンプなどはマークレビンソンを筆頭に高級機種で固められている。(余談だが、完成から半年後、 御伺いした時点では更なるバージョンアップが図られていた。)
書斎エリアの天井裏には天井隠蔽ダクトタイプの室内機を設置し、(OA/EA接続)空調ダクトは天井裏で躯体貫通、 オーディオルームの浮遮音天井内に消音チャンバを設置して消音を行った。躯体及び浮遮音層貫通部の遮音処理、 更に空調ダクト経由のクロストーク(側路伝搬)対策のダクト遮音処理も実施した。

Y様の感想

今回、設計打合せ段階から何点かの絶対条件を出していました。

1.部屋の大きさ。(縦・横・高さ寸法比:特に天井高に関しては2.7mを確保)
2.スクリーンサイズ。(スチュアート:140in固定式)
3.床仕上げの正確な割付け。

1に関しては、大人数でワイワイ楽しむスペースとは考えずに、 あくまでも一人でゆったりと楽しむスペースで在ること事を検討し、ある程度の広さを求めました。 余計な装飾(間接照明etc)は無しとし、仕上げの色もダーク系を選び、スクリーン廻りのクロスはブラックとしました。 よって部屋の印象は、かなり色合いが落ち着いた感じになったと思います。

2に関しては、大音量、大空間に相応しい大画面必要とした結果からの選択です。 プロジェクターは以前、SONYを使っていましたが、今回はBARCOを選定しました。

3は施工上の要望として日本音響さんに強く御願いした部分です。 床フローリング貼りの割付け芯を部屋芯から正確に振り分けて施工するように御願いしました。 これはスピーカや機材関係のセット、又リスニングポイントの位置出しの際、基準となるからです。 少しでもズレが有ると気になるので・・・。

壁のクロスパネルに関しては、完成後も自分好みの音に変えられるように取外し式とし、 中のサウンドトラップを調整出来る様にしてもらいました。やはり、音に関しては個人々で好みが違うものですから "これが一番"というものは中々決まりません。ましてや数値的な物で決める事も出来ないので調整、調整の連続です。 現在、システムも一部換わりましたので、日本音響さんと一緒に再調整を考えております。 仕上がり、音場、測定結果に関しては大変満足しています。

3. 次号の予定

最近では、楽器を手にする若者が増えてきているという。又、熟年世代の方達も昔のようにもう一度音楽に"親しんでみたい"ともいう。
他人に迷惑を及ぼす音の心配をせず・誰にも気兼ねせずに楽しめることが本来の音楽・・・「音を楽しむ」・・・であろう。
そんな環境を自らの住環境の中に実現する為には、我々庶民にとっては少し思い切った初期投資が必要となる。 それゆえ、その投資が無駄にならないよう・悔いを残さぬように入念な検討をされることをお薦めする。

楽器練習室だけでなくホームシアター、カラオケ、オーディオルームなど「音楽あるいは音や映像を楽しむスペース」の設置に対するニーズは今後ますます増えつづける傾向にあるが、 割合手軽に実現できるメーカー既製品を利用する方法、又自分にマッチした音環境を目指しセミオーダーメイドする方法、 本格的にスペシャルオーダーする方法・・などなど人それぞれであろう。
今回の連載企画が、少しでもそんな皆さんの参考になれば筆者としても嬉しい限りである。

次号では、弊社に持ち込まれる相談案件の多くの原因となっている防音性能に関するウィークポイント (例えば前述のGL工法の特徴見分け方、ドア・窓などの建具部分の防音性能や補強の仕方、換気孔の処理の仕方など)を主人公として、 引き続き「他人に気兼ねせずに心ゆくまで楽器練習を・・」の解説を継続したいと思う。