技術部 関根 秀生
1. はじめに
まず、目を閉じて周りの音に耳を傾けてみてください。その音から周囲の状況の多くを知ることができます(鳥が鳴いている、 人がキーボードを叩いている等)。私たちは経験的に鳥が鳴いている様子ととそのときの音(鳴き声)とを記憶の中で結び付けているのです。 そして音を聞いただけで頭の中で鳥や人の動作を思い描くことができるのです。
また、鳥やキーボードの種類が変わったり、多少の騒音があったとしても同じ種類(範疇・カテゴリ)の音として認識できます。
このように、人間の行っている音による識別を機械に肩代わりさせようとする試みは、定性的かつ判定項目を限定した条件ではありますが、 得られた音を判別し、その状況に即した処理を行うシステムとして、既に医療機器や工場の製品、現場施工品の診断等の場で開発・実用化されています。
当社もその中のいくつかをお手伝いさせていただいていますが、ここではその一例として、 大林組土木技術部と共同で開発しましたトンネル工事の工程識別システムについてご紹介しながら、識別方法の概要について述べさせていただきたいと思います。
2. システムの概要
現場作業において作業状況の把握は、業種にかかわらず重要な管理項目です。特にトンネル等の工事では、 発破や狭い坑内での重機の移動など安全対策の点からも現況の工程把握が必要となります。 しかし、抗口と切羽が数Km離れることもあり、作業を常時監視し、リアルタイムで抗口に知らせることは大変な労力が求められます。
そこで、切羽で発生する作業音を解析し、そこで行われている作業を自動識別しようと試みました。
ここでご紹介するトンネル工事(NATM工法)では、表-1のような工程を1サイクルとして作業が進められます。 このシステムは、それぞれの工程で使用される重機の駆動音、移動音をできるだけ近くで採取し、 動いている重機の種類や組み合わせ・前後関係から工事の状態を把握しようとするものです。
工程名 | 作業車 | 作業内容・作業名 |
---|---|---|
1.削孔 | 3ブームホイールジャンボ | 切羽に火薬を挿入する穴をあける (ドリルアーム使用) 削孔音・油圧音・ジャンボ移動 |
2.装薬 | 火薬を挿入し雷管を接続する (ステージアーム使用) 油圧音・ジャンボ移動 |
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3.発破 | 切羽面を崩し掘削面を進める。 サイレン・発破音 |
|
4.ずり出し・こそく | ホィールローダ、コンビトラック バックホー、ジャイアントブレーカ |
発破により出た土礫を坑外に搬出し、切羽に残った岩塊をはつり、切羽面及び周囲を整形する。 ずり積み・こそくブレーカー砕岩 |
5.支保工建込み | 3ブームホイールジャンボ バックホー |
整形された地山面に沿って補強鋼を取り付ける(ステージアーム使用) 油圧音・支保工移動のショベル |
6.吹付け | 吹付けシステム車 トラックミキサー車 |
支保工に網を張り、コンクリートを吹き付けて壁面を固定する 吹付け音 |
7.ロックボルト | 3ブームホイールジャンボ モルタルミキサー車 |
地山止めの為の長尺ボルトを挿入する(ドリルアーム使用) 切孔音・ハンマードリル |
3. 特徴の抽出
認識を行うには、対象の音を加工してそれぞれの条件ごとに特徴のある数値データにしなければなりません。 この加工方法は、音響分析の種類の数だけありますが、対象音の性質によって使い分けます。
代表的な用途と分析方法には、次のようなものがあります。
- 音声の識別
人間の声はその母音によって口腔の形が変わり、ちょうどヘルムホルツの共鳴管のようにある周波数を強調するので、 その周波数成分(ホルマント)によって識別が可能です。また子音も、拗音・濁音などによって周波数上に特徴があるので、 これらの組み合わせで識別ができます。ただし、音声は過渡的に変化するので音を取り込む際の同期が必要になります。
- 工場等での製品(工程)管理
異常のあり・なしだけを判定するのであれば、正常な場合の特徴を押さえておけば、該当しないものを不良品としてピックアップすることができます。 異常の種類にまで立ち入る必要があるときは、予想される異常の特徴を個々に識別できる分析方法を用いなくてはなりません。 また、予想外の異常音が検出された場合の対策も必要になります。
音の性質から見ると、定常的な音、例えば冷却ファンの羽根の回転等であれば、周波数分析の時間平均を用いて判定することができます。 過渡的な音の場合でも、動作時間が短いときは周波数分析で判定する場合もありますが、 動作中の時間波形のレベル(波形の高さ)で異常を検出することもあります。
さて、当のトンネルでの作業音については、図-1に示すレベル波形のとおり、 定常的なもの・周期的に変動するもの・突発的に発生するものが混同して含まれています。
図-1a 削孔音
図-1b 油圧モーター音
図-1c ジャンボ移動音
図-1d 発破音
図-1e ずり出し
図-1f ブレーカー
これらの特徴を抽出するためには、測定するデータに次の条件が必要です。
- 発破音のピークを逃さないために欠測時間のないように測定しなくてはならない。
- 1.のため、測定のタイミングによらず該当作業の特徴が現れること。
- 1つの作業のデータにばらつきが少ないこと。
これらの条件を満たすために変動騒音の統計処理のうち、ここでは、L5、L50、L95を用いて以下の諸元でデータを採取することにしました。
周波数: | 1/1オクターブ(31.5~8kHz)及びオールパス |
サンプル数: | 50個 |
サンプル間隔: | 0.5秒 |
総データ数: | 30 |
データ取得間隔: | 25秒 |
この条件で測定したデータの一部を図-2に示します。
4. 標準パターンの作成
次に作業音と作業名を結び付ける標準パターンを作成する段階に入ります。
前述の諸元でデータを取り込むと、同じ作業でも測定タイミングによって得られるデータが変わってきます。 そこで、変動が予想される作業では、定常状態でのデータと、過渡状態のデータをそれぞれ別の作業音として識別させています。 作業名の項目と作成した標準パターン数を表-2に示します。
出力層No | 作 業 名 |
---|---|
1 | ジャンボA (変動の少ないもの) |
2 | ジャンボB (作業境界) |
3 | 油圧A (単一コンプレッサ駆動時) |
4 | 油圧B (複数コンプレッサ駆動時) |
5 | 油圧C (作業境界) |
6 | 削孔A (変動の少ないもの) |
7 | 削孔B (変動の大きいもの) |
8 | 削孔C (作業境界) |
9 | サイレン |
10 | 発破 |
11 | ローダA (前進・バックブザーなし) |
12 | ローダB (後退・バックブザーあり) |
13 | コンビトラック (入出共、ロータも作業中) |
14 | 無限軌道車 (パワショベル・ブレーカー移動) |
15 | パワショベル (こそく作業) |
16 | ブレーカー (砕岩作業) |
17 | 吹きつけ車 (移動) |
18 | ミキサー車 (移動・コンクリ出し) |
19 | 吹きつけA (変動の少ないもの) |
20 | 吹きつけB (作業境界) |
21 | 待機A (吹きつけ待機状態) |
22 | 待機B (重機エンジンアイドル) |
23 | 休止 (ブロア音あり) |
- 図-2a 削孔音
- 図-2c 発破音
- 図-2b 油圧モーター音
- 図-2d ブレーカー
(ホイールジャンボ)
5. 識別方法について
トンネル内作業音の採取及び解析のためのシステムブロックダイアグラムは図-3に示すとおりです。
システムの中核となる識別方法ですが、トンネルシステムでは2つが候補にあがりました。それぞれの内容は次の通りです。
図-3 稼働試験ブロックダイアグラム
- 総当たり最小誤差方式
名前は適当でないかもしれませんが、パターンマッチングの方法としては古典的なものです。 入力する被識別データをすべての標準パターンと比較し、二乗誤差の合計が最も小さかった標準パターンの作業名を採用するものです。
この方法は、アルゴリズムが単純である反面、すべての標準データと比較計算を行うのでパターン数に比例して判別時間が長くなる欠点があります。
また、同じ二乗誤差量でも、個々のデータに少しづつ誤差がある場合、構成データの1つが飛び抜けて誤差を持つ場合があり、 両者の区別がつかないために判断を誤る場合があります。 - ニューロアルゴリズムによる識別
5年ほど前から注目され始めた方法で、現在、音声認識では主流となっています。アルゴリズムの詳細な説明は省略しますが、 特徴として、人間の神経の働きの一部を数式化し、特定の入力に対して回路が正しい(目的の)結果を出力するネットワークを構築するものです。 これが人間の脳の働きににていることから学習機能と呼ばれています。
この方法では、識別しようとするデータを既に定められたネットワークを通すだけなので、識別速度は飛躍的に向上します。 ただし、学習に意外と時間がかかることや、標準パターンの選び方に多少のノウハウが必要であることなどの問題点もあります。
当初は総当たり最小誤差方式を使用していましたが、識別速度と識別率共にニューロアルゴリズムの成績が良かったため、 最終的にはニューロ方式を採用しました。
この方法を用いて、現場で採取した1日分のデータ(約20時間分)に対して識別を行い、実際の作業と比較したところ、 正解率は90.5%となり、満足した結果が得られました。
また、識別した作業内容のリストから工程サイクル表を作成するプログラムを試作し、図-4に示す識別結果のグラフを打ち出すところまで行っています。
なお、図中の青色の部分は複合作業(作業準備など)を示し、赤色の部分は個々の単独の作業であることを示しています。
6. まとめ
今回のシステムは単一の作業音だけで構成される現場で行われています。これからは、複数の作業が平行した場合や、 重機の経年変化で音が変わってしまった場合などに対応できるよう検討を進めていく予定です。
そして、当社が携わる多くの騒音計測にも応用し、多様な測定結果が得られるようにしていきたいと思っています。
(削孔機)
図-4 識別結果(工程サイクル表)