技術部 山下 晃一

はじめに

新東京国際空港(通称、成田空港)の周辺では、千葉県、成田市などの周辺自治体により、 DL-1420T(当社製航空機騒音自動監視システム)を用いた、オンラインによる航空機騒音の常時監視が行われ、 年間を通じた航空機騒音の状況把握が精度良く行えるようになっています。各自治体の測定局を合わせると50局を越え、 相当広い範囲での騒音分布が年間を通して把握できるようになっています。ただ、影響の範囲の境界を連続的に、 例えば騒音コンターなどを正確に把握しようと思うと、それこそ無数の測定局を配置しなければならず、現実的ではありません。

アメリカでは、FAA(連邦航空庁)によってINM(Integrated Noise Model) と呼ばれる予測ソフトウェアとデータベースが作成されており、日本でも環境アセスメントの予測等に用いられています。

このINMは、運航する航空機の数、機種や一定の飛行経路などを入力することで、騒音レベルの予測が可能となります。 しかし、実際の測定結果からは、同種の航空機であっても騒音値はかなり大きな幅で変化しますし、特に、飛行経路(軌跡)はさらに大きなバラツキがあり、 INMによる予測値と実測値をそのまま比較することには問題があると考えられます。

そこで、我々の持つ多くの実測データ(飛行軌跡、各測定局の騒音値等)を基に、 任意の地点における騒音レベルを推定することができないかと、成田空港における運航状況や、周辺の地形、 特有の気象条件等を含めたデータベースの作成と予測プログラムの開発を行ってまいりました。

ここでは、その経緯と得られた成果の一部についてご紹介させていただきます。

2. 調査の概略

任意の地点での騒音レベルは、飛行する航空機の条件により変化します。そこで調査は、 種々の条件(離着陸、機種、航空会社、飛行距離、気象条件等)別に、

  1. 飛行軌跡(飛行高度コース)
  2. 複数地点での騒音測定(1/1オクターブ分析)
  3. 気象測定

を実施し、データベースを作成し、騒音レベルとスラントディスタンス(受音点と航空機までの直線距離)の関係を把握しました。

騒音レベルの予測は、それらの騒音レベルとスラントディスタンスの関係から1/1 オクターブバンドごとの値を求め、 dB(A)に合成する方法でピーク値を算出しました。

また、将来の運航状況の変化(たとえばB、C滑走路の供用や飛行経路の変更、新型機種の運航)にも対応するため、 必要に応じて追加調査をおこない、その結果からデータベースの追加・更新が簡単にできるようにしています。

3. 調査方法

まず、騒音レベルとスラントディスタンスの関係を把握するために、航空機の飛行軌跡と騒音を正確に調査しました。 また、飛行経路や騒音の伝播状況に影響を与える気象測定も同時に行いました。
航空機の飛行軌跡の測定は、経緯儀(セオドライト)を利用して複数の地点から追跡する方法が一般的です。 ところがこの方法は機器(セオドライト)の扱いが難しいのと、データの読み取りを人手で行うため、たいへんな手間がかかります。 そこで、市販の望遠鏡(正立画像7倍)にパルスエンコ-ダを組み込んだ簡易型経緯儀を自作しました。 (詳細は、本誌No.1の「航空機の高度コース測定」に紹介しています。)

簡易経緯儀写真
図-1 簡易経緯儀写真

飛行軌跡の測定は、この簡易型経緯儀で2ヶ所から飛行機の軌跡を追いかける方法で行いました。 収集したデータは全て現場においてコンピュータ処理し、後の解析を簡単にしています。

また、同時に複数地点での騒音測定を行いました。測定は騒音計の出力をいったんデータレコーダにタイムコードとともに自動記録し、 後日、コンピュータで周波数分析を行い、飛行軌跡データと併せて処理しました。

騒音の測定位置を図-2に示します。測定地点は、各地点の騒音とスラントディスタンスの関係を得るだけでなく、 航空機毎の指向特性や減衰特性、固有の地形が騒音に与える影響も把握することを目的に、 滑走路中心延長線(飛行経路)上約10kmの点を中心として、それぞれ飛行経路から直角の方向に1~1.5km間隔で合計5点、測定点を設置しました。

測定位置図
図-2 測定位置図

測定は、平成2年2月から平成5年3月にかけて行い(測定延べ日数30日)、 数多くのデータを得ることができました(測定延べ機数は約3,000)。

4. 飛行軌跡の調査結果

数多く得られた結果のうち、代表機種としてB-747の離陸機を例にとり、その航跡を示します。

B-747離陸機の飛行経路
図-3 B-747離陸機の飛行経路

平面図で見ますと、空港滑走路端より5km離れた点では、滑走路延長線を中心として±300m、10km離れた点では±500mのばらつきがあり、当然のことながら、騒音測定点までのスラントディスタンスが大幅にばらつく結果となっています。一方、着陸機は、どの航空機も概ね同じ所を飛行しています。 離陸時の高さは、目的地までの飛行時間によって長距離便、中距離便、近距離便に分けて整理してみたところ、同じ機種でも飛行時間によって機体総重量が異なるためか、遠距離便ほど、上昇に時間がかかる傾向にあります。


B-747運行距離別の飛行経路(断面図)
B-747運行距離別の飛行経路(断面図)
図-4 B-747運行距離別の飛行経路(断面図)

5. 騒音の測定結果と飛行コース測定結果の対比

飛行軌跡測定(2ヶ所)・騒音測定(5ヶ所)で収集された約3,000機分のオクタ-ブ周波数毎の騒音レベル、スラントディスタンスを基に、 機種ごとに、騒音レベル(dB(A))-スラントディスタンス曲線について解析を行いました。なお、データ整理にあたって、空気吸収、地表面減衰量、 シールディング(機体の遮蔽)効果量についてはSAEの方法(ICAO/ANNEX16/1988)やFAAの方法を参考にしました。

デ-タの一例として、代表機種であるB-747と、その新型機種のB-747-400の騒音レベル-スラントディスタンス曲線を示します。

騒音レベル-スラントディスタンス曲線
図-5 騒音レベル-スラントディスタンス曲線
(B-747&B-747-400)

実測値と予測値の比較
図-6 実測値と予測値の比較

6. 騒音分布の予測と実測値との比較

騒音レベルの予測に当たって、各航空機の飛行経路は、実測調査結果から抽出された代表パターンを用いています。 使用したパタ-ンは、離陸ではB747で6種類、DC10で4種類、B747-400で5種類、B747Sで4種類、 その他A300、B767、MD11、L1011、IL62、B707、B727など計34種類になりました。 着陸は、パタ-ンがほぼ一定であるため、各機種1種類としました。

これらの飛行軌跡パターンを用いて行った、成田市内での、空港北側に位置する13ヶ所の常時測定局で実測された騒音測定値と、 シミュレ-ションにより得られたそれぞれの予測値との比較を図-6に示します。

7. まとめ

今回行ったシミュレーションの結果については、常時監視を行っている固定測定局のデータと比較したところ、 概ね±1dBの精度であることが確認でき、さらに広い範囲で騒音の影響を予測することも可能であると考えています。

また、今回は成田空港での予測シミュレーションですが、今後は、他の空港についてもデータを収集し、 シミュレーションの範囲を拡げていきたいと思っています。

8. 謝辞

本システムを開発するにあたって、その機会と調査の場と数多くの助言を与えて下さった成田市空港対策課の皆様をはじめ、 千葉県環境部大気保全課、千葉県環境研究所ならびに新東京国際空港公団の皆様に厚く感謝いたします。

9. 参考文献

  1. 日本音響学会講演論文集 新東京国際空港周辺の騒音分布シミュレーションの試み(その1・その2)(林、森田、大橋、奥田、山下)(平成5年10月)
  2. FAA:FAA Integrated Noise Model Version/III
  3. SEA(Air)1751など

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