私の夢 石井 聖光

私が音について最初に受けたショックは、初めてLPレコードを聞いたときであった。 マントヴァーニオーケストラの奏でる弦の調べは、それまで聞いていたSPレコードの音とは全く異なり、 こんなきれいな音がこの世にあるのかと私の耳を疑った。

2回目のショックは、音響学会の見学(?)でソニー(当時は東京通信工業) へ行って初めてステレオ録音を聞いたときである。音の方向感、立体感もさることながら、 音の質が信じられないくらい良いのは大変な驚きであった。ステレオにすると、なぜ音質そのものが良くなるのか?
理解を越えていた。

そして、3回目のショックはまだ受けていない。それが電気音響装置による音場制御、 すなわちホールの中に建築的な音響設計を越えた自然で美しい音をエレクトロニクスで作り出し、 聞く人に大きなショックを与え、自分もその音を味わうことが"私の夢"である。

ホールの音響設計に携わっていていつも悩むのは、 ホールの形状や仕上げ材料が音の立場から希望通りにならないことである。建築計画、設備計画などからの要求、 舞台芸術の演出家からの希望などは、しばしば音の立場からの要求と相反する。

これを乗り越える一つの手段としてエレクトロニクスによる音場制御が大変有望である。 この方法は、かつて音楽家から嫌われたいわゆる電気音響装置による残響付加装置とは別のものでなければならない。

かつてのもののなかには、音源の近くに置いたマイクロホンからの信号を残響室やリバーブマシンと呼ばれる装置で 残響もどきの音を加えてホール内に出すものが多く、一部のポピュラー音楽やカラオケなどでは受け入れられたが、 クラシックの音楽家からは顰蹙を買ったこともあった。

これに対して、私が提案したいのは室内の壁や天井の吸音率や反射の方向を電気的にコントロールし、 その結果として客席への初期反射音を豊富にしたり、残響時間を変化させたりするもので、 部屋そのものを制御系のなかへ取り込んでいる。このようにして初めて自然な音場制御に近づくと考える。

多目的ホールでは、客席に初期反射音を送るのに大切な舞台近くの側壁に照明の投光機室が設けられることが多く、 ここの形が自由にできない。片方を優先すると他方が犠牲になる。

また、2階バルコニー下はとかく音が届きにくい。 ここをバルコニー先端からの反射音で補強しようとしてもバルコニーの高さの制約でなかなかうまくいかない。 こんな場合バルコニーの先端にマイクロホンをつけて吸音し、バルコニー下の天井のスピーカから音を出すとうまく解決することが多い。 この手法はある古典芸能の劇場で実用化されている。

また、ロンドンのロイヤルフェスティバルホールに設置されているアシステッドレゾナンスと呼ばれるシステムは、 低音部の天井の見かけの吸音率を電気音響技術によって小さくして、低音部の残響を豊かにするものである。

この他にもマイクロホンで収音したものにデジタル技術を駆使して建築音響的な音造りをし、 スピーカからホールに出すものがある。

しかし、こうした手法に対して音楽関係者ばかりでなく、 音響技術者のなかからもまだ異論がないわけではない。音楽家を含めて多くの人にその使用を気づかれずに、 より大きな感銘を与えることができるならば許されるものと思う。

ナマの音をエレクトロニクスによって汚すのではなく、 壁などの形や材料の選択のみではできないことをエレクトロニクスの力を借りて成し遂げる。 その結果として得られる音が理想的な音響設計の場合と等しく、他の建築設計の要求をも満たすことができるならば、 これは建築音響の大きな進歩で、その現実が"私の夢"である。

【石井 聖光氏】
1924年東京生まれ、東京大学工学建築学科卒。 東京大学生産技術研究所教授、芝浦工業大学教授等を歴任。工学博士、東京大学名誉教授。