エッセイ(私の夢)

私の夢 北村 音一

私の夢の一つに、何時でも、何処でも「よい音」を聞いていたいということがある。 よい音とは何かということを定義するのは難しい問題であるが、勿論よい音の中には、静けさや無音も含まれる。 よい音楽が休止符(無音音符)を生かすことによって出来上がるのと同じように、 よい音も静けさ、無音を生かすことによって作られるものだと思う。

よい音とは何か、ということは、よい人とはどういう人かということによく似た問題であり、 社会的に公平な立場で考えると、よい人とは「一隅を照らす人」といってよいであろう。 音も「一隅を照らす音」、すなわち時、場所、状態(いわゆるT、P、O)に関して最も適当な、 音の大きさ、音の高さ、音色の音がよい音だと思っている。

しかし、この適当ということがまた各人各様である場合もあり、 直ぐに解決できる問題ではないことも先刻承知してはいるが、このように考えれば少しは議論の焦点へと近づくのではないだろうか。

では今あなたはよい音を「常に」聞いていますか、と問われれば、 よい音を聞くこともあるが、そうでない音を聞くことの方が多いと答える。 音楽会へ行って「いつも」よい音、よい音楽を聞いて満足しているかといえば、 満足することもあるけど、満たされない気持ちを抱くことも多い。だからこそ音響学の研究に従事していられるのであろう。

なぜもっと満足できるよい音が提供されないのだろうか。約300年前にストラディヴァリウス、 グァルネリウスといったバイオリンの名器が作られたが、それ以後この科学技術の発達した現在になっても、 これらの名器を凌ぐバイオリンを作ることが出来ないでいる。その理由は、良い材料が無くなったからだという人がいる。 ストラディヴァーリやグァルネリのようなバイオリン作りの天才がいないからだという人もいる。 中には、あれは骨董的価値があるだけで、それほどよい音の楽器ではない、という人が時々いる。 いずれもそれぞれもっともなところがあると思う。しかし、やはりこれらの楽器の大部分はよい音がする。 何故現在、このような名器を作れないのであろうか。

私はその原因の主なものの一つは、世の中のせわしなさのためにじっくりと腰を落ち着けた調査、研究が出来なくなり、 分からないことは分からないままに放置して、すべてが自転車操業的様相を呈しているためではないかと考えている。 例えば、ラウドスピーカにしても、本当に基礎から根本的にじっくりと取り組んで研究しようとしている人は極く極く少なく、 しかも、このような人には経済的、社会的な理由で場所も時間も与えられず、さらに一歩を進めることもままならぬことが多いのではないだろうか。 音波は三次元空間の中で時間的に変化するので、物理的な次元数は五感の中で最も多いものと考えられる。 音波の物理的性質を空間的性質を含めて、聞こえと関連ずけられるように的確に把握出来るようになることも、私の夢の一つである。 また、音楽を取り上げてみると、作曲、演奏、聴取場所がそれぞれ多種多様であり、聞こえに影響する要因はすごく多い。 さらに好みの問題も考慮しなくてはならない。楽器やホールのよい音を解明するには、それらのもの全てを統合して、 統計的判断を下すための資料の体系的蓄積を行わなくてはならない。場所と時間と才能とねばり、そして運にも恵まれて、 初めて仕事が緒につき、本当のことが分かってくるものであると信じている。そのためには、じっくりと腰を落ち着けた調査、 研究の出来る環境作りを若い人達のために用意することに少しでも寄与出来れば、ということも私の夢である。

よい音でないものをよくするには、まず、その音の欠点をなくすことが望まれる。 私は欠点を積極的欠点(こちらの気分を逆撫でするもの)と消極的欠点(物足りないもの)の二つに大別して考えているが、 積極的欠点のある音を世の中から早急に追放することが、差し当たりの私の夢の一つである。

空間音楽は人にすばらしい感動を与えるものである。 空間音楽を演奏できる空間音響のためのよいホールが設計され、建設されることも私の大きな夢で、 そのようなホールで空間音楽を堪能したいと望んでいる。

このような色々のよい音を実現するには、その衝にあたる音響研究者、 音響技術者がよい聴能を所有していなければならない。それでなければ、作った音を判断することができない。 そのためには、「真耳」などによる聴能形成の訓練も必要とされるであろう。よい聴能を備え、 音響学の専門知識を身につけた人が、世の中の音に関する仕事の場に専門職として働いていけるようになることも私の夢の一つである。

以上の他にも近く実現しようと考えている夢があるが、それには触れないことにしておこう。 「私の夢」を書いて下さいという依頼を受け、自分ではできないことだが夢として考えていること、 自分にも少しはできるかも知れない夢などを区別せず、全てを夢として書かせていただくことにした。 音に関するこのような夢を自由に書かせていただけることが最大の夢であったのかもしれない。

【北村 音一氏】
1921年生まれ。大阪帝国大学理学部卒。大阪大学産業科学研究所、 九州芸術工科大学教授、大阪芸術大学教授等を歴任。工学博士。九州芸術工科大学名誉教授