DASPを使った音場シミュレーションシステム

工事部 清水 利夫

1. はじめに

コンサートホールや試聴室の室内音響は、室形状や内装材料の種類、配置及び施工状態によって大きく異なります。 形状の違う2種のコンサートホールが立案されたとき、図面や設計書だけでは2つの音場の違いは、分かりにく、 施工前に実際の音として2つの音場を瞬時に切り替えて聞き比べができれば、なんと便利でしょうか。

あなたのリスニングルームに世界のオペラハウスやコンサートホールの演奏会場を創造し、 あなたのための特別席でそのわくわくする感動を体験できたらどんなにすばらしいことでしょうか。

この夢のようなことが、近年のデジタル信号処理技術の進歩とオーディオ用の高速DASP(Digital Audio Signal Processer) の出現により現実のものとなってきています。

当社ではいち早くその実用化に取り組み、音場シミュレーションソフトウェア「CONCERT」及びハードウェア「SYMPHONY」を開発し、 コンピュータシミュレーションから実音体験まで一連のシステムを構築しています。

本稿では、DASPを利用した当社の音場シミュレーションシステムについて紹介します。

2. 音場シミュレーションの手法

音場シミュレーションの方法は、大きく2つに分けることができます。

その1つは、反射音(エコータイムパターン)を予測或いは実測しその周波数特性と遅延時間を実現する方法(反射音合成法)で、 もう1つはインパルス応答を予測或いは実測し畳み込み演算をする方法(インパルス応答畳み込み法)です。

(1) 反射音合成法

室内の音の広がり感等の音響的印象は、初期反射音の影響が大きいといわれています。音源と受音の位置を指定し、 幾何音響理論により3次元で計算した反射音データ(エコータイムパターン)は、音の到来方向、大きさ、遅延時間、周波数特性を持っており、 入力ドライソースに対してこの計算結果を忠実に再現し、その音場の初期反射音を実現するものです。 さらに残響時間に応じた後部残響音を付加することで臨場感を実現できます。

音場シミュレーションシステムの構成例を図-1に示しますが、EWS(HP-9000/300シリーズ) 上の「CONCERT」でシミュレートした音場データは、 直接音制御、反射音制御、後部残響音制御から成っており、コントローラ PC-9801 に転送され、DASP用の係数ファイルが作られます。 DASP用のプログラム及び係数ファイルを「SYMPHONY」に転送し、実行することにより、 シミュレーション音場を標準で2チャンネルの直接音及び12チャンネルの反射音の実音として聞くことができます。

03meca2-01.gif図-1 音場シミュレーションシステムの例

音場シミュレーション室の例を図-2に示します。

(2) インパルス応答畳み込み法

室内の音響に関するあらゆる情報はインパルス応答に含まれているといわれています。 この方法は、音源と受音の位置を指定し、コンピュータシミュレーションによる予測、 又は模型実験等の実測から得たインパレス応答をドライソースと畳み込み演算をして音にして聞くものである。 原理としては分かりよいが、精度の良いインパルスレスポンスが必要であり、 残響時間に相当する畳み込み時間がいるのでリアルタイムで多チャンネルの演算処理のためのハードウェアの構成は、大きくなります。

シミュレーションの手順は、反射音合成法の場合と同様です。

03meca2-02.jpg図-2 シミュレーション室

3. SYMPHONYの基本仕様

リアルタイム音場シミュレータ「SYMPHONY」には2つのタイプが用意されています。 SYMPHONY 36 型は、反射音合成法に適しており、短時間の畳み込みにも使用できます。 SYMPHONY 50 型は、インパルス応答畳み込み専用に作られています。 共通する特長は、拡張性が優れていることで、各ボードを直列につないで演算をすることが出来ますので、 用途に応じて構成を自由に設定することが出来ます。

(1) SYMPHONY 36型

36型には、高速演算可能な音響用DASPチップ(Texsas Instrument社のTMS57002を使用)36個と遅延メモリーを搭載したDASP36ボードを使用しています。

DASP36は、データ語長24ビット、係数語長32ビットで、最大52ビットの高性能演算が可能であるので、S/N比が優れています。

また、36型は、拡張性が優れており、各ボードを直列につないで演算をすることが出来ますので、 用途に応じて構成を自由に設定することが出来ます。

DASPモジュールの仕様を表-1に、DASP36ボードの性能を表-2に示します。

表-1 DASPモジュール「57MZ」の仕様

57MZ-1 57MZ-2
入力/出力チャンネル数 4 / 4 4 / 4
遅延メモリー 256KB (2Mbit) 1024KB (4Mbit)
最大ディレイタイム [sec] 2.47 / 2.13 11.6 / 10.9
直列接続可能数 無制限 無制限
FIRフィルタの計算可能タップ数 230 / 210タップ
(44.1kHz/48kHz)
230 / 210タップ
(44.1kHz/48kHz)
アダプティブフィルタの計算可能タップ数 230 / 210タップ
(44.1kHz/48kHz)
230 / 210タップ
(44.1kHz/48kHz)

表-2 DASP36の性能 1ボード当り

DASP36
チップ数 36
入力/出力 4チャンネル
遅延メモリー 256KB
最大ディレイタイム [sec] 2.47 / 2.13 (注)
直列接続 可能
反射音合成法の場合の反射音数 (8イコライザ) 13本×36
畳み込みの場合の畳み込み可能時間 (44.1kHz) 187ms
FIRフィルターの計算可能タップ数 (44.1kHz) 8280
寸法 [mm] 148.7 x 400.0

(注) 最大遅延時間が、11.6/10.6秒のものも製造可能

用途としては、次のものが上げられます。

ア 音場シミュレーション(反射音合成法、インパルス応答畳み込み法)
イ リアルタイムOSS
ウ FIRフィルター及びIIRフィルタ
エ その他ユーザ作成のソフトウェア

(2) SYMPHONY 50型

SYMPHONY 50型は、インパルス応答畳み込み法専用DASP50ボードを基本としたシミュレータです。

DASP50は、DASP36の発展型であり、高速演算可能な音響用DASPチップ50個を搭載し、1枚のボードで12,000タップの演算が可能で、 多数のボードを直列接続して長時間のリアルタムの畳み込み演算を可能としています。

DASP50ボードの性能を表-3に示します。

表-3 DASP50の性能 1ボード当り

DASP50
チップ数 50
入力/出力 4チャンネル
遅延メモリー なし
直列接続 可能
畳み込みの場合の畳み込み可能時間 (44.1kHz) 281ms
FIRフィルターの計算可能タップ数 (44.1kHz) 12400
寸法 [mm] 230.0 x 400.0

用途としては、次のものがあります。

ア 聴感シミュレーション
イ 室内音場評価
ウ 音響信号の解析・加工
エ OSSネットワークの実現
オ その他、各種研究・開発のツール

(3) ハードウェアの基本構成

「SYMPHONY」のハードウェアは、次のもので構成されています。

A. デジタルI/Oボード (DAI24)

1枚当たりディジタル光入力2chでディジタル光出力14chを装備しています。
データ語長24ビット
サンプリング周波数 44.1KHz 又は48KHz

B. DASP ボード

演算時間、チャンネル数によって必要なボード枚数接続することが可能です。

C. インターフェイスボード

ホストコンピュータとの接続は、PC98バスを使用していますので、ノートパソコンでも動作可能です。

D. コントローラ

コントローラは、PC9801シリーズのほか、LANを経由してEWSでも制御することが可能です。

03meca2-03.jpg図-3 DASPボード

4. おわりに

当社では、音場シミュレーションのためのハードウェアだけでなく、実時間畳み込み演算、反射音合成法、 インパルス応答畳み込み法等の基本ソフトウェアも提供しています。また、種々の用途・目的に合わせたシステムのご提案もさせていただきますので、 ご気軽にご相談ください。

音場シミュレーションの実用化は始まったばかりで目前の山の頂きに立つと奥にさらに高い山が見えてくる如く、 取り組むべき課題が次々と生じます。シミュレーションの質の高度化、音質の向上、新用途への対応等に、今後とも取り組んで行きたいと考えています。

03meca2-04.jpg図-4 SYMPHONY50型

【参考資料】

1)日本建築学会室内音場検討ワーキンググループ、"コンピュータシミュレーションによる室内情報の提示" 音響学会建築音響研究資料 AA-91-29 (1991)
2)崎山安洋、清水利夫、村田研治、"幾何音響理論に基づく可聴化音場シミュレーションシステム" 電子情報通信学会技術研究報告 91-2503-40(1991)
3)日本音響エンジニアリング(株)、"音場シミュレーション用DASPボードの開発" 音響学会誌 48-4 (1992)