上野の森の『五本締め』を考察する

工事部 高田 雅保

たとえば季節の区切りや、仕事の区切り、イベントの区切りとして宴会や忘年会が催されると、 その中間やお開きのときに必ず中締めや本締めということで『手締め』というセレモニーがおこなわれます。

つい先日も当社において、年末恒例の納会が開かれました。今年は社会情勢や社内情勢など諸般の事情から質素なものではありましたが、 お開きのときにはやはり「手締め」がおこなわれました。

今回の手締めの方法は誰が名づけたか「関東の一本締め」と呼ばれる方法でありました。

この手締めの方法はケースバイケースで行われるのが常であり、その時に指名される人に一任されるわけですが、 その指名される人というのはその催し物の開催趣旨にふさわしい人が選ばれることになっているようであります。 この手締めは会が賑やかに盛り上がってきて会場がザワザワしていて、これがずっと続くとだらだらして終わりがなくなるなーというところを見計らって、 ピシッと締めるので「締め」なのでしょう。

ところで「関東の一本締め」は日本人特有の引き締まったその緊張感、精神性、終わった後の一体感、次へ続くぞという感じなどから、 当社においては好んで用いられる手締めの方法であります。また、好んで用いられる理由にはおそらく別のもう一つのものが有ると考えられます。 それはなんといっても簡単なこと、つまり間違いが少ないからではないかと考えています。なにしろ八十人からなる当社において全員が一致して、 かつ間違いなくそろう手締めの方法としてはもっとも適しているからではないでしょうか。

「関東の一本締め」は次のようにおこなわれます。譜例-1を参照してください。

この手締めは「関東の一本締め」ならずともその歴史や緊張感、精神性などから極めて日本的なセレモニーであると考えられます。

さて、ではこの他にどのような手締めの方法があるのでしょうか。私が入社してからの経験をまとめて、 さらにこの日本的なセレモニーの方法に西洋音楽的な見地から考察を加えてみたいと、お正月の閑にまかせて考えた次第であります。

入社以来の経験から手締めの方法には次の五通りが良くおこなわれるようだ、ということに気がつきました。譜例-2を参照してください。

これらの手締めが極めて日本的である理由は裏の拍に強拍が無いからです。日本の伝統的な音楽のリズムは強拍が必ず頭の拍にきます。 また、3-3-7拍子や3-3-4拍子といっても、これらは楽譜から分かるように4拍が5小節並んでいるわけで休符も含めれば、 四拍子ないしは二拍子であることが分かります。また、2.や3.の手締めが段々行われなくなった理由は簡単に推測がつきます。 手締めの前には必ず「じゃあ、3-3-7拍子、一本締めで」とか「じゃあ、3-3-7拍子、三本締めで」とかの意思表示(説明)がありますが、 3-3-7拍子といってもそれが譜例の2.であるのか3.であるのかが分からない人もいます。

ましてやアルコールもかなり入って、中には酪酊している人などもいたりすれば、現場が混乱するからにほかなりません。 つまるところ、締まらない「締め」になってしまうからです。区切りをつけ、けじめをつけなければならない日本人としては非常に嫌う現象が起きてしまうからです。 また、三本締めは時間もちょっとばかり長くかかり、冗長度が大きくなります。なによりも混乱してリズムが乱れ「しまらない」というのは 「締め」に相応しくない、日本的な文化としていかにもみっともないからに他なりません。

さて、次にタイトルの『上野の森の五本締め』について話をしましょう。

私が十年くらい前に年男をやったときに初めて紹介した方法でありますが、 それは東京芸術大学の音楽部に伝統を発する方法であることから上野の森のーーーーと呼ばれているようです。

先の「関東の一本締め」がその精神性と緊張感において特徴があるのに対して、 この「上野の森の五本締め」はその芸術性の高さに特徴があります。一本や三本でなく五本であるところも極めて異例であり、 その特徴の一つとなっています。方法は以下の通りでありさほど難しくはありません。譜例-3を参照してください。

この楽譜の場合、Xは手拍子(拍手)を示していません。もう一つの特徴がここにあります。

ここに極まるといっても過言ではありません。

楽譜の通り五回繰り返すわけですが、一回目は左手の人差し指と右手の人差し指で、 二回目は左手の人差し指+中指と右手の人差し指+中指で、三回目は左手の人差し指+中指+薬指と右手の人差し指+中指+薬指で、 四回目は左手の親指を除く4指と右手の親指を除く4指で、五回目は手拍子(拍手)でということになっています。 つまり、繰り返すごとに音が大きくなって盛り上がっていくというわけであります。 さらに効果的に行うには繰り返しのたびに指だけでなく手のひらも徐々に加えていくと、クレシェンドの効果が大きくなります。 これは指だけから五回目で急に拍手になると4回目と5回目のレベル差が大きくなり過ぎてしまうからです。

また、一回目は音を小さくという意識から人差し指だけの時に力を抜いてしまう人が多く見かけられますが、 そのような心配は無用であります。常にめいっぱいの力を入れていただいて大丈夫です。自ずから音は大きくなるようにできているのです。

さて、この「上野の森の五本締め」の特徴を拾い出してみると次のような事がいえます。この辺りが芸術性の高いところであります。

  1. この曲(あえて曲と呼ぶ事にします。)は同じリズムの繰り返しのみでできています。
  2. 繰り返すごとに音が大きくなりpp(ピアニシモ)~ff(フォルテシモ)へ持っていくという演奏効果が期待できます。

これらの特徴はかの有名なモーリス・ラベルの「ボレロ」に匹敵するものであります。
但し、残念なのは、

  1. メロディー(旋律)やハーモニー(和声)が無い事であります。

したがって

  1. 繰り返しのたびに音色の変化を楽しむという事はできません。しかし周波数特性の変化を楽しむ事ができます。
  2. ボレロはソロ楽器のウェイトがかなり高くなっています が、この曲は参加者全員により、第一小節目を除き、終始ユニゾンで演奏されます。 (ただし、参加者にその参加意識が有ればの話ですが。)
  3. 特別な楽器というものが必要でなくわれわれのからだそのものが楽器となります。

これらの理由から音楽関係者の間でしばしば取り上げられる手締めの方法になっていると考えられます。

さてここで、上に示した通りにこの手締めを行っても良いのですが、 私はさらに芸術性をもう一段高めた方法を一度取り上げてみたいと考えています。それは以下に示す方法です。譜例の4.を参照して下さい。

ラベルのボレロはその最終部分でハ長調からホ長調へ華麗なる転調をしますが、 この曲はメロディもハーモニーも無いのでその方法は不可能であります。

そこで登場するのが、つまり上の方法で、転調するかわりに最終部分でリズムを変える方法です。 ロマン派の終結部分を思い起こさせます。

いかがでしょう?

ウサギ年はもうすぐです。

私にぜひデリジェント(der dirigent)をやらせていただきたい。