技術部 林 哲也

1. はじめに

近年、地下空間利用に注目が集まり、当社においても本誌2号、 5号でご紹介させていただいているように岩手県の釜石鉱山において音響調査及びイベント等の実験をおこなってきました。

特に、イベント実験(本誌5号「釜石鉱山イベント実験」で紹介しています。)では、地上では体験できないような低音の響きや、 照明に映える岩盤の美しさが、いまでも脳裏に焼きついています。
その記憶も覚めやらぬうちに、前回のイベント実験で御一緒させて頂いた、 ホログラフィー・アーティストの石井勢津子氏がフィンランドにあるレトレッティ・アート・センターにおいて展示をされることになり、 当社も音響及び調光システムのお手伝いをさせて頂く事となりました。

本誌2号「地下空間の音響特性調査」でも触れているように、北欧には、地下空間を利用した施設が数多くありレトレティもその一つで、 ミュージアム、コンサートホール、レストランに利用し現在、実際に運営されています。 そこで、ここでは地下空間利用の一例として今回の展示を中心に紹介させて頂きたいと思います。

フィンランド
フィンランド(SUOMIとはフィンランド語でフィンランドを意味します)

フィンランド

2. レトレッティ・アート・センター

アートセンターは、ヘルシンキより北東に約500kmに位置するプンカハリューという小さな町にあります。 センターの周辺は森と湖に囲まれていて静かで大変美しく、どことなく北海道が連想されました。

フィンランドは1年のうちの半分が雪に覆われているため人々は雪解けを待ちわびており、 春から夏にかけては、様々なイベントが開催されています。

アートセンターもその一環で、この時期から約3か月間(今年は5/25~8/28)だけオープンし、 地下空間では様々なアーティストの展示、ホールではオペラやコンサートがおこなわれ、毎年約20万人のひとがここを訪れるということです。

レトレッティアートセンター
レトレッティアートセンター

3. 展示スペース

アートセンターの入口を入ると地下空間へとつながる階段が目に入ります。

階段には扉があり、その扉を開くとなぜか釜石鉱山と同じにおいがし、 またこの場所(空間)に戻ってきてしまったという感じがして何となく親しみを感じてしまいました。

そこを20mほど下りていくと、岩盤をくりぬいた展示スペースに出ます。岩盤は花こう岩でできており重厚な趣がありました。

また、ここはそれほど深くない上に空調も効いているということもあり、温度、湿度とも適当でした。

我々は階段を下りてすぐの所に展示スペースを設けることができ、ホログラムは、 そのスペース内に4ブロックに分けて音響システム及び調光システムと共に設置しました。

レトレッティアートセンターの図

4. 音響・調光システム

音響システムは、前回のイベント実験で用いたマルチチャンネルシステムを使用しました。 また今回は、ホログラムが視覚的に3次元であるので、音も立体的に定位させたいということで、 当社のOSS技術を用いた音を2か所で再生することにしました。
調光システムは8系統の調光回路をそれぞれに制御できるものを作成しました。

以下にシステムの構成を示すと共に、各システムを紹介してみたいと思います。

4-1.マルチチャンネルシステム

今回のシステムは、前回の釜石の様な24chシステムでなくチャンネル数を減らした8chシステムを構成し、 音が展示スペース頭上を駆け抜けるようにスピーカを高さ5mの天井に約2.5m間隔に20mに渡って配置しました。

音源は、宇宙的なイメージと風をイメージする音を用い2種類の音源を作成しました。 30分毎に交互に音がなるようにコンピュータ制御しています。

その結果、音が会場全体を包み込むと、ホログラムの視覚的要素が加わって、岩盤がむき出しの原始的な空間が未来的な空間に変りました。

システム構成図
システム構成図

4-2.OSS音源

ホログラム4か所のうち反射型と透過型で水の反射を用いた物2か所に対して、前者は空間にポッカリと浮かんでいるような音を、 後者は水滴をイメージするような音を作成し再生しました。しかし、再生音場が複雑な形をし岩盤に囲まれているために思うような定位が得られず、 用意していった何種類かの音源を使って現場でミキシングし直したりと、この音源作りは苦労をしました。

これをMD(ミニディスク)におとし繰り返し再生する訳ですが、前述したマルチシステムと音が重ならないように、 マルチシステムのスタートに同期してフェードアウト、フェードインするようにMIDIラインフェーダーを通してMDを再生しました。

また、今回の音源の作成はマルチ用、OSS用共に作曲家の天山氏にご協力を頂いています。

4-3.調光システム

調光システムは、1回路Max2kWを8系統もちコンピュータ制御できる装置を作成し、 40Wの電球を1回路につき30個程度直列につなぎ、これを色々組み合わせながら岩盤の壁や地面に沿ってはわせ耐熱性のある特殊な紙で覆いました。 さながら、地下空間を流れる光る雲のようでした。

また、調光するため、電圧を可変させる訳ですが、電圧の変化に対して電球の光の見え方がリニアでないため、 フェーディングのカーブには微妙な重み付けをしてデータを作成し、蛍の呼吸するような光をイメージしてフェーディングをかけました。

ここで、システムの全体の動作を簡単に説明しておきます。

これらはパーソナルコンピュータ(PC98note)をホストとして動作しており、 ホストは、調光システムにデータを送りながら時間監視をします。正時もしくは30分になった時点で、 ホストがシーケンサーにMIDIクロックを送りシーケンサーを動作させ制御をシーケンサーに移します、 シーケンサーはMIDIフェーダーにデータを送りOSS音源をフェードアウトさせ、 次にサンプラーにデータを送りマルチチャンネルの再生をスタートさせます。 イベント音終了後再びフェーダーにデータを送りOSS音源をフェードインさせ再び制御がホストに移されます。これを繰り返す訳です。

調光システム
調光システム

OSS音源位置.B
OSS音源位置.B

5. おわりに

セッティングが終了し、すべてが稼働し光にホログラムが映し出され、それに音がリンクすると、 今まで重く暗かった空間が、ぱっと華ぎまたほっとするような不思議な感じがしました。 展示された作品も岩盤とこの空間が作る独特の雰囲気の中で神秘的で地上でのそれとはまたひと味違う樣に思いました。

ところで、ここにはコンサートホール(定員700名程度)もあるということを冒頭でも触れました、 しかし今回はここで音を聞けるとは思っていなかったところ、 幸運にもそのホールでのオープニングのレセプションに参加させて頂くことができピアノのソロを聞くことができましたが、 低域ばかりが伸びる音でなく、中高音もあり予想以上に豊かな響きがしました。

この事もそうですが、現在このような所があり、 毎年大勢の人々が訪れ実際に運営されているという事実も地下空間利用の大きな参考になるとのではないかと思います。
最後になりましたが、この展示にあたり数々の御指導を承った神戸大学工学部建設学教室の桜井春輔教授、 同じく神戸大学工学部環境計画学科、森本政之助教授、ならびに西松建設株式会社技術研究所の皆様方に深く感謝いたします。

OSS音源位置.A
OSS音源位置.A