エッセイ(私の夢)

私の夢 窪田 忠雄

我が国は明治の開国以来、技術面で西欧列強に追いつく事を目標にして頑張ってきた。 先人達のこうした努力の結果、今や日本は経済発展を遂げ、開発途上国から先進工業国の仲間入りを果たすまでに成った。 しかし、この間あまりにも技術優先に走りすぎたのではないかという疑問が感じられる。 即ち、文明の構築を優先させ文化軽視の時代へと突き進んでしまったのではないか。

今日の日本はバブルが弾けたとはいえ、依然として世界の国々からは経済大国と見られている。 はたして、本当に経済大国といわれる資格が我が国には有るのだろうか。

音楽産業の中で生きている者の一人として、この事を強く感じる時がある。 現在も楽器は作り続けられているのに、バイオリンにしてもギターにしてもピアノにしても名器といわれるものは 昔に作られている物がほとんどである。名器だから大事にされ、今まで残っているという事もあるかも知れないが。

身近な例として、音楽録音の際使用されるマイクロフォンをあげる事ができるだろう。 新機種が次々に発売される中、製造中止になったある古いマイクが、「良い音が録れる」というので、 今だに熱烈な支持を得ている。物理的特性を計ってみても新製品の方が良い成績をおさめるのが普通であるにも関わらずである。 勿論、古い物が全て良く、新しい物が全て悪いというわけではない。 そのマイクも良い物だから長い時間を経ても支持されているのであって、勿論古ければ良いという訳ではない。

コンソールを含めた増幅器についても同様の事がいえる。即ち、真空管、トランジスタと部品の小型化、 高集積化が進み、今やモノリシックIC全盛の時代になってしまった。しかし、純粋に音の良さのみを比較した場合、 現在の作り方がはたして最良であるといえるか甚だ疑問である。幸い、私の所属する会社は音声機器を製造する部門と、 音声機材を使用するスタジオを持っている為、音の良さにこだわった機材を製造したり調達する事ができる。 しかし最近は、円高の影響もあり、企業に余力が無くなり、産業全体が効率第一、利益第一主義に向かってしまった。 その為、置き忘れてきた「文化に対する貢献」は更に遠くに置き去りにされてしまった。

各社が高効率、高集積化、自動化という方向に向かってしまった為、 こだわりや匠の技というものが発揮しにくくなってしまった。真空管の製造ラインが消えて久しいし、 トランジスタもその後を追いつつある。部品を厳選し、回路を工夫し、求める良い音が得られても、 部品の供給が絶たれればそれまでである。資本主義社会の私企業では、 より大きなマーケットを志向した製品にシフトするのは致し方ないことではある。 しかし、まだ企業に余力のあったバブル全盛期には、メセナと称して文化活動を行っていたのであるから、 収益率が下がったからといって、古いデバイスの製造を止めないで欲しい。

最先端技術を駆使した新製品と、名人や匠の技を感じさせる製品が共存できる社会が、 技術的にも文化的にも進んだ社会といえるのではないだろうか。目指す方向は異なるかもしれないが、 どちらの製品も名器と呼ばれる可能性を持っているものと思われるからだ。 古い物が消えて行く運命にあるかもしれないが、必ずしも悪い物だから消えて行くのではない。 そこには色々な理由があるが、利潤追求の結果として消えて行くのであれば、あまりにも残念である。 そして単なるノスタルジーではなく良い物は長く残したい。それが文化の継承というものではないだろうか。 文化を継承し、さらに発展させ次の世代に引き継ぐ事が私達の責任でもあり楽しみでもあるのではないだろうか。 日本が真に経済大国としての責任を果たすのであれば、文化に対するパトロンとしての役割も担って欲しいものである。

「こだわりを持って良い物を永く残したい。」これが私の夢である。

【窪田 忠雄氏】
1935年生まれ、日本テレビ放送網入社、NTV録音副部長等を歴任、 また、日本テレビ音楽スタジオ部長としてサウンドインスタジオを設立。(社)日本音楽スタジオ協会会長(92/4~94/3)。 現在、株式会社バップ取締役技術部長。